応援要請

久しぶりの風の感触をオフィーリアは全身で楽しんでいた。
空を見上げれば、真円の月が浮かび、眼下の街並みを青く濡らしている。
横には月明かりを反射し白く輝く雲海が広がっている。
ふと、後ろに気配を感じて振り返るが、何もそこにはない。
普通の目で見れば、だ。
センサーを切り替えれば、細い機首とキャノピー、大型の翼に双発のエンジンを積んだ飛行機が現れた。
そのまま速度を落とし、キャノピーに近づいていく。
並ぶように飛行すると鋭角の機体は左右に揺れてからブレイク。
瞬間、メインパイロットの苦笑とバックシーターの笑いが見えた。
彼らの機体が雲間に消えるのを見届けて、オフィーリアは高度を下げていく。
大気の密度が濃くなっていくのを感じた。
真下に広がる街並みは昔と全く変わらないままだ。
今でも仲間と集った場所は残っているだろう。
ただ、その器は残っていたとしても、中身は残っていないだろうけど。
右の肩につけたままのワッペンに触れながらオフィーリアは思いを馳せた。
ワッペンにはUnit:Blank Runeの文字と三又の槍を崩したものが見える。
the 4th world、ですか」
わけがあって長いブランクを経て始めたオンラインゲーム、それがthe 4th worldだった。
「仮想情報空間の仮想体からキャラクターを構築するため、プレイヤーの能力が直接反映されるシステムと……」
開発者の言葉をつぶやくアルギズの耳に肉を殴る不快な音が聞こえてきた。
音の方を見れば、狭い路地裏で男が取り囲まれ襲われている。
その男の虚ろな目と目があった。
口が何か言葉を紡いだ。
「……経済活動から制限無しの対人戦の出来る高い自由度が特徴」
黒い金属の翼が光の飛沫を上げ、アルギズの細い身体が加速した。
耳には風を切る音が、目には攻撃目標が映っている。

「さて、そろそろ終わりにしようか」
リーダー格の背が高く肩幅の広い男はぼろきれのような男を見下ろしていった。
後ろにいる男の仲間は低い薄気味の悪い笑い声を上げる。
その笑い声が突然、短い悲鳴と破壊音に変わった。
振り返ると背から光をこぼす少女が宙に浮かび男たちを牽制しているではないか。
非現実的な光景に男は言葉を失うが、一瞬で復帰し指示を叫ぼうとした。
しかし、それは少女の放った砲撃により叶わなかった。
ジェネレータの生み出すエネルギーを何か媒体にして集束、加速する攻撃だ。
「威力を抑えたつもりだったんですけど、さすがに強すぎたでしょうか……」
実際に加減したおかげで男たちの服はボロボロになったものの、男たち自身に目立った外相は無い。
それでも、しばらくは気を失っているだろう。
「逃げる時間があれば十分ですよね」
アルギズは壁によりかかっている男に近づきしゃがみ込んだ。
ベルトのポケットから薬品を取り出し、男に与えて何かの呪文を唱えた。
次の瞬間には武骨な人型機械が姿を現し、アルギズを見下ろしている。
男を担ぐように指示を出してその場を去った。

男は助けを求めると同時に疾駆する少女をぼんやりと眺めていた。
加速は緩まるところを知らず、君の悪い笑いを浮かべている男たちの最後尾に降り立った。
次に何かが壁にぶつかる音を聞いた
接触の衝撃で巨躯の男が吹き飛んだのだ。
そう認識する前に眩い光があたりを包み込んで、男たちを飲み込んでいた。
瞼を閉じる力も無く、瞳孔だけがきりきりと悲鳴を上げた。
ふと、その少女がこちらに近づいてくるのがわかった。
しゃがみ込んでこちらの顔を覗き込んできて尋ねた。
「大丈夫ですか?」
微かに首を立てに振って答えるのが彼の今の限界だった。
助けが来てくれた安堵感のせいか、急激な眠気が襲ってきた。
そのまま、抵抗することなく彼は眠りに落ちていく。
格好悪い姿を見られたな、とそこで思考は途絶えた。

少女はソファに座りながら、正面の壁によりかかる青年と話していた。
少女の正面にある長いすには包帯に巻かれた男が一人眠っている。
「助っ人を呼んだんだって?」
「現実の知り合いなんだけど、腕は立つよ」
「自転車の走り仲間とか言ったら斬るぞ」
「やめてくれよ。本当に痛いんだから」
「お前ら、けが人がいるってことを忘れてないか?」
「ごめん」
軽く青い長髪の少女が謝った。
少女が身に纏っているのはジーンズに白のシャツに黒のウィンドブレーカーだ。
しかし、ベルトには不規則に木を削ったデザインの杖が刺さっている。
斬るぞ、といった青年の格好も、黒のタンクトップに黒のジーンズとありきたりのものだが、背には身長と同じぐらいの大剣があった。
「あれだけずたぼろにやられた癖に、回復するのは早いんだな」
「体力しか自慢が無いんだから、回復するのは早くなきゃダメだよね」
「少しはけが人なんだから、いたわると言う事をだな」
青年は少女の向こう側に見える扉の先に気配を感じて、剣の柄に手を伸ばした。
その緊張を読み取って、少女も杖を抜いて構えた。
扉のノブがゆっくりと回りはじめる。
かちゃりと金属の音が空気の止まった部屋に響き、少女は詠唱の態勢に入った。
先まで壁に寄りかかっていた青年は少女の前に立ち、包帯の男と少女を守る形だ。
扉が開いた。
そこに立っていたのは2m近い身長を持つ異形のものだ。
黒い金属の光沢を放つが、デザインは蔓が絡まりあったようで、目と思しき部分には赤い光が点っている。
両手には鋭利な爪を持ち、両手首の部分には機関銃が見えた。
そして、肩には人が担がれているのがわかる。
その男の姿に少女たちは見覚えがあった。
「こんにちは」
その場に不相応な少女の声が響いた。
「お前、何を挨拶してるんだ?」
「僕じゃないよ」
杖の少女はその声の持ち主に心当たりがあった。
オフィーリア?」
「はい」
返事と共にオフィーリアと呼ばれた少女が姿を現した。
彼らと違い身に纏っているのはボディアーマーだ。
「それよりも、この人の手当を」
「あ、ああ」
呆気に取られながら杖の少女は青年に男を運ぶように指示を出し、回復術の詠唱に入った。
回復がひと段落ついたところで、三人はソファに座って一息をついた。
「……エプシロン、ですよね」
オフィーリアの問いにエプシロンと呼ばれた杖の少女が身を縮め、頬を赤らめた。
沈黙を続けるエプシロンオフィーリアは、
「性別詐称でもやっていたのなら帰りますよ」
「ち、違うよっ」
「次のユニット戦の相手の仕業だ」
長ソファで横になっていた男が包帯を取りながら言った。
「身体はもう大丈夫なのかい?」
「体力しか取り得がないといったのはお前だろうが……。大体、いつまで乙女モードやってるんだよ」
「私には状況がさっぱりわからないのですが……」
「ユニット戦の相手の魔術師にやられたわけさ」
「性別反転の術はプレイヤーの精神に与える悪影響を考慮して、封印されていたはずです」
「それは昔の話だよ」
椅子の上でひざを抱えて顔を埋めながらエプシロンは言った。
「GMが変わってから、管理体制も変わってね。今まで、封印されていた技が使えるようになった」
「前のGMが封印した理由を考えもしなかったのでしょうか……」
「自由度を引き上げるという理念に基づくそうだ。考え方の違いだね」
「そんな目に遭ってまでも言うか、お前は」
元包帯男の指摘にエプシロンはまた、身体を小さくして俯いた。
「初期設定のままなら、時限性のはずですけど……」
「明日の0時には消えるよ。それまでは、出歩けない」
「元から、女みたいな顔してるんだし、問題ないと思うがね」
大剣男の言葉に元包帯男が頷いた。
そういえば、まだ、名前を聞いていなかった、とオフィーリアは思い、
「まだ、自己紹介をしてませんでしたよね」
そうだね。
ああ。
おう。
と三者三様の反応を確かめて、
オフィーリアといいます。クラスはアーマード・ドールで、遠距離系物理攻撃が専門です――」
「ドールと言うことはアンドロイドだよな」
包帯男の言葉を補うように大剣男が続けた。
「アーマードって戦闘用なのか」
「はい。対人戦はやったことがありませんけどね」
元から知っているエプシロンは特に驚くことも無くオフィーリアの話を聞いていた。
彼女なら戦力になってくれると見込んで頼んだのだから、そうでなければ困るのだが。
オフィーリアが終えると右手のソファに座っていた大剣男が名乗った。
「メティスだ。見てのとおり近距離系物理攻撃が専門で、ソーダーをやってる」
とメティスはオフィーリアに握手を求めた。
しっかりと握手をしながら、オフィーリアは見た目よりある力に驚いた。
それが顔に出たらしく、メティスは鍛えてるからな、と笑った。
「俺はカルポだ。近距離系物理攻撃・物理防御をやってる。武器は拳な。クラスは無し」
包帯男―カルポ―は空に向かって右ストレートを放ちキメた。
が、体は完治していなかったらしく、すぐに痛みで床をのたうち回り始めた。
ポケットから取り出した鎮痛剤の封を切ろうとしたオフィーリアを苦笑いを浮かべたエプシロンが止め、
「多少は痛い目を見た方が彼のためだよ」
「そういうものですか?」
「鎧無しで敵陣突っ込む盾があると思うかい」
「無いと思います」
「初対面の奴にも、言われてどうするんだ。カルポナーラ」
呆れた口調でメティスは言う。
「人を食い物みたいに言うなよ」
「可愛らしい呼び名だと思いますよ?」
「何で疑問系なんだよ」
叫びそうになるのをカルポは堪えてぼやく。
よっ、と短い掛け声と共に起き上がり、近くのパイプ椅子を引き寄せて座った。
それを見て、エプシロンは爺臭いな、と呟いた。
「ユニット戦の状況はどうなっているんですか?」
オフィーリアの問いに空気が一変し、張り詰めた。
「二週間後の今日に郊外のフィールドでユニット戦がある。参加するこちらのユニット数はレギオン最大の20だ」
状況を確認するようにエプシロンは切り出した。
1ユニットは20人から構成されている。
つまり、こちらの人数は最大で400人ということになる。
レギオン同士の連携は自由に行えるので、実際に戦闘に参加する人数は1000人を超える可能性もある、とエプシロンは言った。
「向こうの数は?」
「推定で700。連中は量ではなくて質で攻めてくるから、こっちが圧されてるぐらいだ」
何処からか取り出した携帯端末を見ながら、エプシロンは説明を続けた。
「向こうの性質が悪い点に対戦相手をユニット戦前に潰す、というのが挙げられる。実際にここでも被害が出てるんだよね」
憂鬱そうな表情で、カルポや先ほどオフィーリアが連れてきた男を見て、溜息をひとつ。
メティスやカルポ、オフィーリアの視点に気がつくと今度は深い溜息をついた。
「ほかのユニットのリーダーからも、被害報告があってね。現状の被害から考えて、このレギオンでは200人が精一杯だろう」
ということはこちらのレギオンを構成するユニットの数は5ぐらいなのかな、とオフィーリアは考えた。
半数が襲撃を受けて壊滅しているのはどうにかならないものか。
「こちらから、相手に仕掛けることはないんですか?」
「顔に似合わず恐ろしいことを言うね、君も。こちらのレギオンはそれをやらないのが流儀だよ」
エプシロンは端末をしまいひざの上で両手を組んで、
「この戦いは各レギオンの流儀を守る戦いなんだ」
「流儀を守る戦い、ですか」
「思想を守る戦いの方が正しいかもな」
とメティス。
「単純に言えば、自由か秩序かのぶつかり合いだ」
「カルポ、それだけじゃないだろう。アンドロイド、ドールを守るための戦いでもあるだろう」
「どういうことですか?」
「この世界は人のためのものであり、機械は人に使われるべきだ、と主張するのが向こう側。意思のある者を尊重し、互いに支えあおう、というのがこちらの主張なんだ。互いに支えあうためにはある程度、効率化が必要だろう?」
「それでこちらが秩序になるわけですね」
「そういうこと。どちらが良いのか判断に困ってる連中が多いのも問題だね」
「ゲームの中でぐらい自由にやりたい、と思ってる奴が多いからなぁ」
カルポは腕を頭の後ろで組んで言った。
「ユニット戦前に何かしらの方法で団結する必要があるわけか」
苦そうに言うメティスにエプシロンは微かな笑みを浮かべて、
「それなら大丈夫。サンのリーダーがいるからね」
「太陽系の星の名前で揃ってるんですね……」
「このユニットの名前はジュピターだし、メンバーの名前だって木星がらみなんて面白いよね」
「はい。あ、話の腰を折ってすみません」
「こっちも説明を省いていたからね。ごめん」
エプシロンが謝ると男二人が抗議の声を上げた。
「お前、何で素直に謝ってるんだ?」
「普段なら、自分で調べろよ、とか言うだろうが」
特に気にすることなくエプシロンは続きを話し始めた。
再び上がった抗議の声を軽く流して、
「一週間後の今日にサンのリーダーが今回のユニット戦について声明を出す。それで今回の戦いの流れが決まる」
そうなることが当然のようにエプシロンははっきりと告げた。