第500飛行隊の参加したギルド戦は彼らの勝利で終わった。相手の動きから察するに正体不明機が持ち帰ったであろう情報は共有されていないようだった。いつもならいくつかの大集団ができて、盃を交し合っているのだが、今日はいくつかの小集団にわかれて話し合っている。祝賀会というより大作戦の前といった空気だ。田辺も壁際でコーヒー片手に考え事をしていた。対象は例の正体不明機だ。
「例の所属不明機との繋がりはなさそう、か」
「田辺さんもそう思います?」
ジュースの入ったコップを持った少年を見る。情報分析チームのメンバーの小瀬だ。情報の整理が好き、物腰は丁寧、これだけだと物静かな人物なのだが、たまにぐいぐいと距離を詰めてくる時があり、そのギャップが彼の人となりを際立たせていた。リアルに関する話題はほぼせず、オフ会にも参加しないのも特徴だった。
「ああ、君たちの判定は?」
「繋がりなし、です」
コップのジュースを一口飲んで小瀬は続ける。
「他のギルドでも例の不明機に攻撃されたという情報があります」
「共通点はあるのか?」
「哨戒中の機竜が攻撃されたこと、機竜はバーチャルスターであること、バーチャルスター自体は戦闘に参加しないことです」
「うちのときと手口は一緒か」
小瀬は一瞬、渋い顔をした。いまだに情報をつかみきれてないことが不満に感じたのだろう。
「その物言いだと、どんな機竜かはお構いなしか」
「ええ。機体の新旧や性能、パイロットが腕利きなのか新米なのかも気にしていません」
「新米のときに遭遇したくないな、あれは」
エリスに任せれば振り切れる確信が田辺にはあったが今の機体ならの話だ。初代ブラック・アウトではエリスでも苦戦したに違いない。
「実際に相手をした田辺さんはどう思いますか?」
彼の言葉に田辺はしばらく考える。田辺とエリスの操るブラック・アウトは高い戦果をあげて有名になっている。正体不明機に襲われたのもそれが原因だと考えていた。しかし、手あたり次第と戦力をそいだり、情報を集めてギルド戦を有利に進めるため、という目的ではなさそうだ。小瀬の話を聞く限りでは、ランダムに攻撃を仕掛け、その出方を伺っているように見える。適切な言葉を見つけて田辺は、
「抜き取り検査のようだと思った」
「各ギルドの戦力をはかるため、ですか」
田辺は頷いて、思いついたことを口にする。
「もっと広いかもしれないな」
小瀬の頭の上に疑問符がついていそうだったので、田辺はさらに言葉を続ける。
「この大陸にあるあらゆるギルドの戦力を推し量ろうとしている、なんてな」
「戦う相手の情報を調べるのはセオリーですが、だいたいの情報は開示されていますよね」
彼の言うようにギルドの情報はある程度が公開されている。第500飛行隊であれば、ギルドマスターは山辺、所属している機竜は全7機で機種は何かまではギルドの募集掲示板に乗っており、この情報をベースに過去のギルド戦の動きなどから肉付けをしていく。相手が複数のギルドの集まりであってもやり方は変わらない。一から情報を調べるようなやり方は効率が悪い。
「正体がばれたら文字通り蜂の巣にされる。ギルドすべてを相手にする戦力が用意できるとも思えない」
「勝ち負けに興味がないと考えるのが自然でしょう」
「ギルド戦は領土の拡張か防衛のために行われるんだ。負ければ領土を失う」
田辺の言葉に小瀬は何か閃いたという顔で答える。
「ギルド戦の結果やそれが与える影響に興味がないんです、彼らは」
「それはギルド戦やそのエコシステム一切に興味もなければ関係を持たない、と?」
「そうです。単独で兵器の生産から運用ができる完全に独立した集団と仮定すると筋は通ります」
筋は通るがバーチャルスターを使っていたのは説明がつかない。バーチャルスターはギルド「青の世代」が製造している機竜で、購入するしか手がないからだ。
「あのバーチャルスターは買ったものではないのか?」
「もしかしたら、コピーなのかもしれませんよ」
小瀬はとんでもないことをさらりといった。機竜の構造は年々複雑化している。バーチャルスターは最新鋭機、魔術を支援する機構まで積んだ異種系統の技術の結晶だ。
「グレイバーチャルスターといったところか」
「実際に粘土から作られたわけではないでしょうが、素敵なアイディアです」
小瀬はジュースを飲み干して、
「機体の画像をより分析すれば、製造されたものかコピーなのかわかるでしょう」
どこか嬉しそうな足取りでその場を去っていた。