DAYS

ポイント・オブ・ノー・リターン【G1-2】

 異界化現象の発生頻度は徐々に数字を増していった。そのころは結界が発生して時間が経ってからの対応が多く、先手を打つことができなかった。しかも、人間では対処ができず、文字通り人外の力を借りていた。異界化現象の早期検知システムが作られ、儀式にはその地域を象徴するものが必要だとわかりようやく先手が打てるようになった。後手にまわっても対応できる人員と技術が増え、ある程度は予測、予防、対応ができる。そう考える人々も多いがそうではないと考える人々も同じぐらいいる。

「発生頻度は下がってきたけど、規模が大きくなっているのよね」

 星川は壁一面に広がる空中投影ディスプレイに広がるグラフを見てため息をついた。本当に予防できているのだろうか。発生件数のグラフは穏やかなカーブを描いている。

「儀式をしようとしていた集団を見つけて、事前に対応することもできてる」

 予防した件数をグラフにすると、こちらは右肩上がりだ。最近になって、落ち着いてきた気配もあるが、

「あきらめたのか、見つからないよう地下に潜ったのか……」

 発生している地域は人間がいるところだ。ただ、船や飛行機、宇宙船や宇宙ステーションで発生した事例はない。南極や北極も同様にないがそれは、人がいる場所でするには監視が厳しく、人がいない場では生きるのが限界だと考えられている。

「南極にはサイバースフィアゲートの基地で起きたら……地球上でセキュリティの厳しいランキングの上位だし」

 儀式を行う数名の人間と燃料になる100名程度の人間が必要だ。燃料になる人間は儀式が行われることも、異界化現象について知らなくてもいい。聞き取り調査をいくつも行っているが燃料にされた側は自覚がなかった。様々なメディアで話題にされているから、今は異界化現象を知らない人間はいないだろう。

「行き詰ってるのかにゃ?」

 振り返ると、扉から彩芽が顔をのぞかせていた。扉はオートロックで部屋の主である星川の許可がなければ開けられない。彩芽のように特別に許可された人物を除いて。

「いつも行き詰ってるよ、立ち往生だよ」

 星川はぼやいでから、机の上のすっかり冷めたコーヒーを飲み干した。

「宝城さんがよくいってるじゃない。前進している証だって」

 物事の最前線にいると、状況の変化の影響を受けやすい。今までやってきたことが通じなくなり、新しい手立てを考えなければならない。考え、実行し、軌道に乗ってしばらくするとまた状況が変わる。そういう趣旨の言葉を宝城はよく言っていた。

「成長しているから、ではなくて、台風に向かって歩いているような気がするよ」

 星川はコーヒーを飲み干してカップを置くデスクにおいた。バリスタマシンでコーヒーをいれていた彩芽がもうひとつカップを追加する。

「飲むでしょ?」
「もらう」

 彩芽は湯気の立つカップのうちひとつを星川の近くに置いた。

「ありがとう」

 星川は味わうようにコーヒーをゆっくりと飲む。これが思考を言語化するための癖だと知っていた彩芽は、言葉になるのを待つ。

「これは何かの前触れなんじゃないかな」
「台風みたいな?」
「そう。でも、具体的にこういう事態が予測されるから手を打ってください、と言いにくいんだよねえ」
「たとえば、大きな街を巻き込むような異界化現象が起きるとか?」
「たとえば、星をひとつ飲み込むような」
「それは、起こせるの?」

 彩芽の問いに星川は視線をマグカップに落とした。

「これが自然現象を人間が再現したものだとしたら……起きるかもしれない」
「そうでないと、信じてる」

 場の空気が重たくなっていると感じた星川はわざと明るい口調で、

「フラグみたいな会話しちゃったね」
「それこそ、フラグみたいじゃない」

 そうだよねえ、と苦笑して星川は時計を見る。20時過ぎ、夕食をとるにはいい時間だ。

「ピザでも頼もうと思うけど、どうする?」
「せっかくだから食べていくよ」

 星川は彩芽の好きな食べ物は何だっけ、と考えながらピザ屋のサイトを開く。