アルギズもアズも会社がまとめて契約したアパートを借りている。ただ、アルギズの部屋は趣味に振り切っていて、居間には本棚が並び、温度は20℃前後、湿度は60%前後を保つように空調がセッティングされている。1Kでそんなことをしたら生活空間がなくなるのだが、アンドロイドの彼女にとっては問題にならなかった。
「極端な話、立っていられる場所があればなんとかなります」
「君の場合はそうだろうね」
アズの言い方に含みがあるのは、アルギズが特別だからだ。一般的なアンドロイドであれば、クレードルと呼ばれるシングルベッドぐらいの大きさのメンテナンス機材が必須だ。もちろん、貸し出す店もあるが、メンテナンス中は無防備になるため、信用できる店選びが難しいのだという。
「しかし、だから、といって僕の生活エリアまで侵食するのはどうかと思うよ」
「アズだって似たような感じじゃないですか」
「確かに生活空間的には台所とPCまわりさえあれば何とかなるよ。椅子はリクライニング全開にしたら眠れるし」
「では、そういうことで」
段ボールの山を切り崩して、開梱するアルギズの背中を見てアズは短くため息をついた。一緒に暮らすというのはいろいろあるものだ、と彼は自身を説得すると、
「今回はどうすればいい?」
「軽く中身を確認してから、書庫に運びます」
「まだ、空きがあったっけ」
「本棚を増やします。ちょっとレイアウトいじって間を作って」
「日曜大工だね」
段ボールの山を見ると小さい段ボールの山に隠れるように平たい段ボールがいくつか並んでいる。これが本棚のパーツだとアズは理解した。
「どちらで組むかが問題でしょうか」
「サイズ的には通れると思うけど」
彼はちらっと扉の向こうの廊下、玄関、外廊下の幅を思い出しながら運搬方法を考える。障害があるとしたら、玄関を出たところだ。おそらく、外廊下に出しながら、向きを変える作業が発生する。壁にぶつけないようにするのはもちろん、他の住民の通行の妨げにならないようにしなければならない。怪我するような事態は避けたい。
「ちょっとサイズ図るか」
「完成時のサイズはこんな感じです」
アルギズは本棚の情報をアズの端末に転送した。
「ありがとう」
彼はさっそく、端末の拡張現実モードを有効にして、実物大の本棚を投影しながら歩く。予想通り、玄関までは問題ない。扉は消火器か何かで開けっ放しにして、廊下で方向転換、そのまま書庫もといアルギズの部屋に運び込めばよさそうだ。そして、アルギズの部屋の廊下を通って、書庫に入って、頭を抱えた。
「さすがにこれは詰めすぎじゃないか?」
部屋に所狭しと背丈ぐらいある本棚が並んでいて少々圧迫感を覚えた。ここにさらに本棚がな増えると辛そうだ。本棚の組み立てよりも、書庫の余白づくりが優先だろう。自室に戻って、そのことをアルギズに伝えると、
「いっそう、天井に届くまで積み上げますか」
「なるほど、圧迫感が最大に」
「人が歩けるスペースを作ろうと思うとそうなりませんか?」
「まぁ、言いたいことはわかるよ」
ほかにいい選択肢があればいいのだが、本を捨てるといった選択はない。既存の本棚もジョイント式で、二段から三段に組み直して、ぎりぎりまで空間を活用するしかない。
「これ大工事になるなぁ」
「作戦立てながらいきましょうか」
「君、変なところで勢いで動くよなあ」
ここまで折り込んでいたのかもしれない、とアズは思う。本気を出せばこの展開は見えていたし、予め対策も立てられたはずだ。あえてしないのはこの状況を楽しんでいるからか。彼がこう考えたのは今回が初めてではない。実際どうなのか聞くのも無粋だと思って聞かないのももちろん、初めてではない。
「衝動は大事ですよ」
「あまり、アンドロイドのパブリックイメージを損なう行動は慎むべきだと思うけどな」
「心にも思ってないことを」
「よくわかってらっしゃる」
靴箱の奥から工具箱を取り出して、アズは笑った。