DAYS

『ReSTARTER』

二人の言葉に竜は加速の2文字で返した。
一瞬で音の壁を越える。
目の前にあるのは空の青のみ。
白や黒の雲は無い。
遙か前に強い不快感、敵だ。
『ブースター、使用限界まで10秒』
エリス、ブースター切り離しまでのカウント開始。
田辺は切り離しの操作をエリスに任せ、機体の操縦に集中する。
周囲のエーテル濃度に問題なし。
カウントが0になると同時、機体から増速用の大型ブースターが切り離された。
同時にブラック・アウトのエンジンを始動。
エアインテークがエーテルを大きく吸気し、内部の変換機構に送り込む。
変換機構に刻まれた魔術回路により、エーテルは推進力に変わり、2基のノズルから光として噴き出す。
合計6本の推進器を束ねてブースターは花が散るように分解して後方視界から消える。
『隊各機とのデータリンクに成功』
エリスの言葉通り、レーダーには敵機、味方機、自機の位置が表示されている。
味方は全機交戦中。
『間に合いそうだな』
黒の機体が竜の咆哮と共に加速する。
ブースターの速度を殺さず、ブラック・アウトは直進を続ける。
『敵レーダー波感知』
ヘルメットを経由してエリスの声が聞こえる。
そして、放たれる敵ミサイル群。
文字通り無数のミサイルがこちらに向かって迫ってくるが、田辺は冷静に事実を捉えている自分に気づいた。
AMS(ミサイル迎撃機構)は使わず、マニューバのみで回避することを選択。
エーテルの無駄遣いはできない。
こちらを飲み込もうとするミサイルの群れの間を縫うように突破する。
少しでも操作を誤まれば、ミサイル群が次々と爆発し、ブラック・アウトは蒸発してしまうだろう。
ミスは許されない。
当たり前だ。
ブラック・アウトは迷うことなく、最適な回避ルートを選びミサイル群を突破する。

ミサイル群を抜けてきた機竜を見て、フレア1はコックピットで叫んだ。
「なんであいつが生きてやがる!!」
『フレア1、わかるのか?』
「フレア3、あれはブラック・アウトだ。間違いない」
フレア1の言葉にフレア3は困った顔を浮かべて、
『それはお前が落としたはずだろう? それがなんで』
コックピットの壁を殴り、フレア1は叫んだ。
「あいつら、落とされたふりをしやがった。チート野郎めっ!!」
あの迷いのない動きはブラック・アウトとそのパイロットでなければ無理だ。
『とにかく落とさないとやばいぞ』
フレア3が赤の帯を残して、ブラック・アウトに向かう。
光学センサーが捉えたブラック・アウトは前よりもいくらか小さくなっていた。
恐らく、推進器は従来通りのまま、軽量化に成功しているのだろう。
機動性は格段に向上しているに違いないとフレア1は直感する。
前と同じ戦術は通用しないだろう。
「面白い。また、落としてやる」
フレア1、最大加速でブラック・アウトの迎撃に向かう。

正面から敵の機兵が2機、こちらを迎撃に向かってくる。
そのうちの1機から指向性の通信波。
ブラック・アウトを撃墜したフレア1からのものだ。
反射的に田辺はそれに応じた。
『聞こえるか、ブラック・アウト』
落ち着き払った男の声だ。
「感度良好。良く聞こえるぞ」
『俺はフレア1だ。先ほどお前を撃墜した』
敵の真意がわからない。
心理作戦かもしれない、と田辺は考える。
エリスは電子戦に備えて警戒している。
『サシでお前と戦いたい』
声は落ち着いているが興奮を押し殺している気配が混じっていた。
「それは決闘ということか」
『そうだ』
フレア1の言葉に反応して、もう一機の機兵が後退していく。
「本気のようだな」
『せこい手を使って勝ってなんになる』
もしかすると、フレア1のパイロットは犬歯をむいて笑っているかもしれないな、と田辺は考える。
「その通りだ。仲間にも伝達する」
エリスは否定せず、味方との通信を開いた。
田辺が簡潔に状況を説明すると、仲間たちはあっさりと許可を出した。
フレア1はフレア隊の中でもトップの腕前だったからだ。
「そちらはどうだ?」
『邪魔はさせねぇよ。何のための決闘だ?』
くくく、と言う笑いが無線から漏れてきた。
良い笑いだ、と田辺は思う。
「確かにな」
実際、他の敵機兵は第500飛行隊の機竜と交戦状態であり、ブラック・アウトとフレア1の近くには存在しなかった。
もちろん、攻撃範囲外だ。
「カウントはどうする?」
『このまま、正面からすり抜けたら戦闘開始でどうだ?』
旋回性能は向こうの方が上だろう。
だが、ここで断るのも男としてのプライドが許さなかった。
「わかった。良いだろう」
『そう来ないとな』
肉眼でもはっきりと、フレア1の姿が見える。
燃えさかる炎を押し込めたような赤の機兵。
互いに速度を上げて叫んだ。
『行くぞ、ブラック・アウトっ!!』
「来い、フレア1!!」
黒と赤の機体が空中で交差した。

ブラック・アウトの後部光学センサーが反転するフレア1を捉える。
前進を続けながら田辺はフレア1の機動性の高さを評価した。
人型の場合、腕や足を動かしたり、胴体をひねることで重心の移動ができる。
フレア1(のパイロット)はそれを良く知っている。
脅威の高さをエリスが感覚に変換して送ってくる。
赤の機体から感じるのは敵意と闘志だ。
レーダー波感知、ロックオンされている。
フレア1が構えるのは背部にあるレール・キャノンだ。
赤黒い砲口がブラック・アウトに向く。
ブラック・アウト、機首を地面に向けて急降下。
弾体はブラック・アウトの上方を通り抜ける。
『いい機動だ』
フレア1の声は心底戦闘を楽しんでいるものだ。
『実にブラック・アウトらしい』
普段なら機首を上に向けて回避する。
今回、下向きにしたのはパイロットの体を考慮しなくても良いからだ。
ブラック・アウトらしいとは何なのか、田辺にはわからなかった。
機首下部にあるスラスターを噴射し、強引に水平飛行に戻す。
『その機械的な動きがよぉっ!!』
フレア1、叫びと同時に突撃を開始。
速度の出し切れていないブラック・アウトに最高速度のフレア1が食いつく。
田辺、ドッグファイトスイッチをオン、空中戦用意。
ブラック・アウト、機体後部を滑らすようにして方向を転換、正面から小剣を振り上げたフレア1が突っ込んでくる。
激突。
フレア1の振り下ろした小剣がブラック・アウトの物理障壁と激しい火花を散らす。
小剣は突き立てたまま、左腕で赤黒い砲身を構えて、連続射撃。
反動を使ってフレア1はブラック・アウトから急速離脱。
ブラック・アウトのシールドに合計3発の砲弾が命中し、巨大な火球を作る。

音速超過の速度で距離をとりながら、フレア1は後方で火球に飲み込まれるブラック・アウトを見た。
あれで仕留められると彼は考えていなかった。
シールドにダメージを与えることが彼の目的だったからだ。
火球を突き破って、黒の機竜が姿を現す。
シールドは纏ったままだった
「はは、化け物め。やりがいがあるじゃねぇか」
今度はこちらの番だ、と言うようにブラック・アウトはフレア1に向けて近距離ミサイル2発を発射。
フレア1、擬似熱源を放出しながら急上昇。
ミサイルは熱源に吸い寄せられて起爆、火の玉を作り出す。
その横をすり抜けてブラック・アウトが下から挑むようにフレア1に突っ込んでくる。
黒の機竜が機銃を掃射。
フレア1はボードの先端を左の手で掴んで、引き上げ、さらに重心を移動させて機銃弾を回避。
上空にすり抜けたブラック・アウトへ向かって、レールキャノンを速射する。
ブラック・アウトは機体下面にあるスラスターを使い水平に移動し、弾体を避けるが計算の内だった。
空になったレールキャノンを投げ捨て、軽くなった身体でブラック・アウトに食いつく。
犬歯を見せる笑みを浮かべて、
「掴まえたぁっ」
赤の鋭い爪がブラック・アウトのシールドに食い込んでいた。
さらに強く握れば、爪が空けた穴からシールドに割れ目が生じていく。
黒の機竜の推力がフレア1の装甲を加熱するが、耐えられる範囲だ。
構わずフレア1はブラック・アウトのシールドを突き破り、本体を捉えた。
黒の装甲が歪み、拉げる。
フレア1の放熱スリット、光学センサーを初めとする各種センサーを防護壁が覆う。
代わりに胸部のスリットが開き、
「吹き飛べぇっ!!」
エーテルバーストシステム作動。
フレア1の支配下にあるエーテルがすべて攻撃の威力に変化し、ブラック・アウトに直撃する。

機体の表面温度が一瞬で1000℃を超え、黒の装甲が赤に変わる。
フレア1の爪が空けた穴から熱が侵入し、内部構造を破壊していく。
エリスは田辺との感覚共有を制御し、機体のダメージが彼に痛みとして伝達されないようにする。
『コントロールを寄越せ』
『ユー・ハブ』
『I have』
内部防壁閉鎖、回路バイパスを瞬時行い、ダメージの拡大を防ぐ。
破壊されている部分は追加装甲部分で、機体の構造体そのものにダメージは及んでいない。
表面の装甲が焼かれ、灰になっていく。
フレア1のEBSは熱に力を入れているようだ。
表面温度は2000度に達しているが、コックピットは50℃程度に抑えられている。
良い機体だ、とエリスはブラック・アウトを評価する。
大気圏再突入が前提になっている機体と、フレア1の能力特性に救われた。
旧ブラック・アウトならパイロットもろとも灰になっていたに違いない。
機体のチェック完了、全系統異常なし。
『反撃に移る』
田辺にそう宣言すると、エリスはブラック・アウトの第1装甲と補助推進器を切り離した。
灰色になった装甲は切り離されると同時、細かく砕けて、散る。
『そうだよなぁ、簡単にはやられないよなぁっ!!』
後方のカメラがその場に浮かんでいるフレア1の姿を捉える。
この状況であっても彼は戦闘を楽しんでいるらしい。
身軽になったブラック・アウトは瞬時に音速を突破し、フレア1を引き離す。
ブラック・アウトの本領発揮だった。
『You have control』
『アイ・ハブ・コントロール』
コントロールを渡されて田辺はブラック・アウトを反転させる。
背を地に向ける形だ。
右方向に機体を回転させて、背を空、腹を地に向けると、
『決着をつけようか、フレア1』
『来いよ、ブラック・アウトっ!!』
ブラック・アウトの正面にフレア1が見える。
最初とは逆の形だ。

フレア1、ブラック・アウト共に機銃を発砲。
発砲と同時にフレア1は下、ブラック・アウトは上に回避。
互いに弾は外れる。
ブラック・アウト、重力を使って加速。
ヴェイパートレイルを残しながら、フレア1に機銃掃射。
フレア1はボードの前を掴み引き上げて回避。
黒の機体が短距離ミサイル2基を放ち、機首を上に向けて離脱。
フレア1、疑似熱源を連続射出しながらミサイルに向けて発砲、弾頭に命中し起爆。
「くそ、何処へ行った!?」
爆発に視界が妨げられてブラック・アウトの姿が見えない。
直感に任せて機体を右側に滑らせる。
ブラック・アウトの機銃弾がフレア1の左腕に命中、装甲が内側から爆ぜて、内部構造が露出する。
すかさず、右腕の機銃を連射。
機銃弾に負われるようにブラック・アウトの姿が見えた。
フレア1を周回するように飛んでいる。
まるでこちらの動きを伺っているようで気分が悪い。
『まだ、やるか?』
返事代わりにブラック・アウトの進行方向に向けて発砲。
黒の機体は左側面のスラスターを点火し、滑るようにして回避した。
気に入らない奴だ、とフレア1は思う。
まるで人間ではないようだ。
断続的に発砲するがどれも外れる。
突然、機体ががくんと振動した。
ボードの推力が低下している。
『お前の負けだ、フレア1』
返事をする前にボードが火を噴き上げる。
徐々に高度を下げていく。
「なるほど、お前はこれを見届けに来た訳か。嫌な奴だ」
『そう、だな』
顔は見えないが苦笑いしているようだ。
何処までも嫌な奴だ。
何を言われても平然としていれば、何も考えずに恨めると言うのに。
『フレア1、撤収だ』
「ボードをやられた」
機体が先よりも大きな振動。
ボードが爆発したのだ。
高度が急激に下がっていく。
舌打ちしながら、コックピットの右側面にあるレバーを引いた。
フレア1、緊急パラシュートを展開。
『フレア1、大丈夫か?』
「フレア3、回収を頼む」
身体の力を抜いて空を見れば、黒の機体が雲を引きながら遠ざかっていく。
小さくなる黒の機体に己の手を伸ばし握る。
次は倒してやるよ、ブラック・アウト。