DAYS

『流行モノ』

「今回の作戦の概要は以上だ。各員の健闘を祈る」
ブリーフィングが終わると、田辺はすぐに立ち上がり、ブラック・アウトの元へ向かう。
『流行歌に合わせた任務だ』
端末から聞こえるのはエリスの声だ。
「そのようだな。タイミング良く、大気圏の離脱可能な機体ができあがるとは」
『既に完成していたのだと推測する』
「このタイミングなら護衛につく奴もいると踏んだわけか」
『人間の心理を利用した作戦だと判断する』
「敵の方も周到に準備をしていたようだ」
『彼我戦力差は1:10と推測』
正面を見れば兵器搭載済みの黒い機竜が羽を休めている。
もしかすると、最後の出撃になるかも知れない、と田辺は思い足を止める。
が、それは自分の腕次第だとも考えて、再び歩き出した。
すぐ横にいくと機竜の頭部にあるキャノピーが音もなく開いた。
田辺は乗り込んで、シートに身体を固定し、
「やることはいつも通りだ」
自分に言い聞かすように田辺は言った。
『理解している。離陸許可が下りた』
「行くぞ」

空に上がれば並んでいるのは、護衛作戦に参加している機竜の群れだ。
上を見れば実在の戦闘機をモチーフにした機竜、下を見れば竜を模した機竜
右を見ればこの前の攻城戦で戦った相手であり、左を見れば同盟関係にあるギルドに所属する機竜だ。
機種も所属も関係はない。
共通点はラースタチュカを守り抜く意思を持つ、それだけだった。

友軍に聞こえる開放回線で誰かが話す。
『で、歌姫様はどれだ?』
『この群れの中央にいる機体だよ』
『あの黒いのか』
『みんな黒いっての』
『中央、空いている部分があるだろう?』
『ああ、見えた』
『その中央にある機体だよ』
『燕か』
『つーことはロシアか』
『状況的にはソ連だろ』
『向こうがアメリカかねぇ』
『どちらもこういうだろうな、正義は我らにありってな』
『でも、ソ連はもう無いぜ』

力を抜きシートに身体を預けて、
「宇宙開発競争の幕開けか」
田辺の言葉にエリスが文字で返す。
『それはこの作戦に成功した場合だ』
超長距離レーダーの縁から覆うように敵の群れが迫ってきている。
「俺たちが一番、近いな」
『問題ない』
「同意見だ」
田辺の操縦桿を握る手に力が入る。

「我々に協力する善良なプレイヤー諸君に感謝したい。ファルクラムを所持するプレイヤーたちは自分たちのやっていることがよくわかっていないようだ。彼らの行っている行為はゲームの秩序を壊す行為だ。秩序の崩壊は避けなければなるまい」
誰もが運営の、ゲームマスターの声に耳を傾けている。
彼の声とコンピュータの駆動音がCDCの中にあった。
「正義は我らにある。全能力を持って彼らと戦おう。通常の攻城戦と何ら変わりはない。違いがあるとするなら、勝利して手に入るものが土地や金ではなく、この世界の明日だ」
演説が終わると同時、CDCに音と動きが戻る。
「まずは近衛を削ろう」

『敵、機竜群が超長距離ミサイルを発射。各機迎撃を!』
レーダーにはこちらに向けて飛んでくるミサイルが無数に映っている。
こちらの機竜群が迎撃ミサイルを発射。
ブラック・アウトも迎撃ミサイルを全弾発射。
それでも、敵の放ったミサイルの方が多い。
田辺は右にあるサイドパネルを操作、AMS、最大射程で起動。
『ジュラーブリク1より各機へ。死ぬなよ』
『ジュラーブリク3よりジュラーブリク1へ。それは死亡フラグですぜ』
彼らの調子はいつもと変わらない。
特にいつもの戦いと変わらない。
ブラック・アウト、敵ミサイル群をAMSの射程に捕らえる。
機体各部に設けられたレーザー銃が白い光を放つ。
レーザーによって弾頭を熱せされたミサイルが爆発し、熱と破片をぶちまける。
『田辺、ミサイルの側面に大鎌のロゴを確認した』
「運営がついている、か」
『全機に通達、敵は死神だ。運営様だ』
『今さら引き下がれるってのか』
『運営がどうした。俺がやってやる!』
『これが最後の望みなんです。せめて、彼女を空にあげさせてください』
落ち着いた男の声だ。
騒々しかった無線が止まる。
『ゲームクリアか』
誰かが問う。
『4月から仕事でネット繋がらないところにいくもので』
『そりゃクリアせざるを得ないよなぁ』
頷く声がいくつか。
そして、数秒ほどの沈黙。
『CICより全軍へ。これは卒業パーティよ。盛大に卒業生を送り出しましょう』
聞き覚えのある声、エンケの空隙ギルドマスターのスグリだ。
『全機ではなく全軍よ。いつも通り、全力で楽しみなさい』
『感謝します』
『別にあなたの為ではないわ。私の為にやっているの』
『我が儘な姫様ばかりだなぁ』
『不和の女神もいるぜ』
『そういや、居たな』
『こちら、ラースタチュカ』
場違いな少女の声。
『この声の聞こえる人、すべてに感謝と祝福を』
続いて聞こえるのは歌声だ。
音は無線からではない。
エーテル濃度計が電子音を発し、田辺はサブディスプレイを見た。
濃度計のゲージが上昇を始めている。
戦闘が長引けばエーテルが消費され下がるはずだが、今は逆だ。
エーテルが歌っている?」
『ラースタチュカを中心にエーテル濃度の上昇を確認。なおも上昇中』
機体の遙か後方、緑色の粒子が蛍のように舞っている。
それは乱舞とも言って良かった。
光は強くなり、緑から白に変わっていく。

「あれが、亜エーテルエーテルに変える光……」
「あれを使えば、宇宙まで飛び出せる。だが、その力は一部のプレイヤーだけが行使するものだ。自由ではない」
GMの男は続ける。
「時期尚早なのだよ。あの技術は」

『敵ミサイル、第2波、第3波確認っ!』
オペレータが悲痛な声をあげる。
レーダーにはミサイル群の輪が2重に見える。
迎撃ミサイルは撃ち尽くしている。
エリスが操縦系と推進器の切り替えを提案するのと、田辺がボタン操作するのはほぼ同時だった。
密度の高いエーテルを胴体の左右にあるインテークが吸い込み、内部の魔法陣がエーテルを推力に変えていく。
それが機体の振動や計器類ではなく、感覚としてわかる。
目を開けば、空と迫り来るミサイル群が見える。
ミサイル群に向けて、ブラック・アウトは突撃を開始。
翼端のエーテル推進器と胴体にある2基の推進器から吹き出る光は白だ。
最高速に達すると同時、推進器が龍の雄叫びを上げる。
ミサイル群の一部がブラック・アウトに照準を合わせて追尾を開始する。
ミサイルの輪が崩れる。
食らいついてきたミサイルをレーザー砲と機銃で片っ端から潰していく。
味方の機竜も習って、落としていく。
中には自身を盾にして落ちる機竜もあったが、誰もそれを嘆きはしなかった。
そう選択した本人が満足しているのだろうから。

まったく、狂気じみている。そこまでして逆らうことかね、とGMは小さくつぶやく。
声に出せばプレイヤーは萎縮するに違いない。
第2波までは食い止められていたようだが、第3波の時点で相手の機竜群の陣形が崩れ、第4波になると陣形は崩れ、破壊目標である"ファルクラム"がむき出しになっている。
「一気に仕留める。機竜隊を前進させろ」

『こちら、ラースタチュカ。飛翔開始まで180秒かかります。それまで――』
『CICよりラースタチュカ。その先はなしよ。今は自分のやりたいことだけを考えなさい』
『ラースタチュカよりCIC。了解。ラースタチュカより全軍へ。全てを込めて歌います』
『敵、機竜隊が侵攻を開始……っ!!』
『全機、ラースタチュカを死守せよ』
『了解。歌姫を守るって王道だよな』
『了解。なんたる死亡フラグ』
『了解。ところで知ってるか? Mobでも聞き届けられるもんなんだぜ』
『了解。俺らはMobかよ』
『了解。歌姫様がヒロインなら主人公は誰だろうな』
『了解。なら、誰もが主人公なんじゃね?』
『フランカー3、交戦開始』
『フランカー2、交戦開始』
『ジュラーブリク2、戦闘を続行する』

『敵機竜隊が動き始めたか。ゴーストアイからゴースト全機。肝試しの時間だ』
ゴースト3の眼下には敵の空中空母が見える。
護衛についている機竜は10。
こちらの2倍だが10倍に比べればたいしたことはない。
一人で2機落とし、ついでに空母を落とせば良い計算だ。
ゴースト隊、V字隊形を右から崩して、交戦を開始。

「本艦直上に機竜隊出現、防衛隊の半数が撃墜されました」
「G-1、G-4、G-7、G-8、G-10が交戦中」
『CDC、敵の姿が見えないぞ。どうなってる!?』
「敵はレーダーステルス、光学ステルスの両面を装備しているようです」
『すべてのセンサーに引っかからない敵なんて―』
「G-8、ロスト」
「G-4、G-7ロスト!」
「護衛の艦はどうした?」
「敵が本艦と密接しているため、攻撃不可能です」
「護衛艦スターフィッシュ、機関部破損、航行不能!」

草むらに身を潜めながら、正面のレーダー基地を見る。
戦況は先から傍受しているが、あまり、芳しくはないように思える。
「好きでやっている、か」
「お前は強制されてやってるのか?」
横にいる少年が問う。
少女が横に首を振ると、赤い髪の毛が柔らかく揺れる。
「ボクも好きでやってるから」
「雑談は終了だ」
彼女たちの後ろにいる男が告げる。
「行動開始だ。目を潰してやれ」

「演出好きばかりね」
スグリは目の前にいる青年に言った。
「ノリが良い人たちばかりでよかった。感謝していますよ」
臆せずに青年は答える。
「ラースタチュカが飛ぶまで残り128秒、時間に狂いは無いわね」
「ええ、彼女は飛べます。条件は揃ってますから」
「条件、ね」
エーテルも、亜エーテルも、機体も、ラースタチュカも、観客も揃ってますから」
『ゴーストアイよりCIC、肝試しは終了した』
『目つぶし隊よりCIC、目つぶしは完了した』
「やることは終わったわ。後は信じましょう」
「神をですか?」
「そんなものはいないわ。彼らを信じるのよ」

『ラースタチュカ、飛翔開始まで30秒!』
カウンターの数字を確認する必要はない、と田辺は思う。
操縦桿を握っているよりもはっきりと、エリスのやりたいことがわかる。
今はラースタチュカの安全と進路を確保することが優先だ。
余計な感情と思考は無いものとして扱い、目標を達成することのみを考える。
エリスを知る為にはそれが最も良い方法だ。
敵の高機動ミサイルが6発、こちらに食いついている。
疑似熱源やAMSは使わず、機首を地面に向けて急加速する。
ミサイルもそれについてくる。
周囲のエーテルを燃料とするタイプだ。
ブラック・アウト、機首下部と機体後部にあるスラスターを噴射、さらに翼面制御。
一瞬にして機首が空を向く。
田辺、急激なGに身体が壊れる感覚。
それを無視し、ブラック・アウトは空に向けて飛行を開始する。
敵ミサイルも一瞬遅れてブラック・アウトを追尾。
正面には敵機竜の腹が見える。
無線機からはラースタチュカの歌声が聞こえる。
雲を、音の壁を越えて遙か高空を目指す歌だ。
エーテルが僅かなラグを伴って歌う。
機竜すれすれをブラック・アウトがすり抜けた。
ブラック・アウトの起こした衝撃波に敵の機竜は一瞬、コントロールを失い横に流れる。
ミサイルとブラック・アウトの間に入る形だ。
6発のミサイルが流れた敵の機竜に命中、巨大な爆発。
編隊を組んでいた他の機竜をも飲み込み焼き尽くす。
『ラースタチュカ、飛翔開始まで残り5、4、3、2……イグニッション!』
ブラック・アウトの前方、光の柱が空に向かって伸び始める。
歌声がさらに強くなり、光と速度が増していく。
『ラースタチュカより全軍へ。ありがとう』
少女の言葉に数秒遅れてから、歓声が無線機から溢れる。
肉眼でもブラック・アウトのカメラでもラースタチュカの姿は見えない。
それでも彼女が飛んでいるのは軌跡でわかる。
さらにもう一つ、
「オーロラか」
血で汚れたバイザーを外して、上を見れば空には光のカーテンが見える。
エーテルエーテルに変化する際に見られる現象だ。

『ラースタチュカよりこの通信を聞いている全ての方へ』
無線機の前で少女は、言葉をゆっくりと紡いで、
『いろいろな気持ちを込めて、この歌を歌います』
息を整えて、心を落ち着かせて、マイクを通してすべてのプレイヤーに聞こえるように。

解説

元ネタはストラトスフィアという曲につけられた二次創作のストーリーです。
それに影響されたプレイヤーがゲーム中で行動を起こしたのが今回の話になります。

スグリたちの陣営はラースタチュカ、運営はファルクラムと呼んでいます。
両方ともMig-29の呼び名でラースタチュカはロシア、ファルクラムはアメリカなどが使っています。
作中で俺たちはソ連か、というくだりがあるのはそういう理由です。

ラースタチュカは単機で大気圏の離脱と再突入が可能な新型の機竜です。
さらに宇宙空間に存在する亜エーテルエーテルに変換し、利用することができるEW初の宇宙飛行能力を持った機竜と言えます。
運営にとっては想定外の機体であり、現段階では速すぎると判断して今回の破壊騒動になります。
ラースタチュカ開発チームとしては、ラースタチュカを空にあげて、ゲームクリアだと考えていたので、非常に悩みました。
そのタイミングで来たのがストラトスフィアです。
動画投稿サイトに投稿されたストラトスフィアの動画とコメントを見て、これはいけるかもしれない、と考えて他のギルドを巻き込んだ、と言う背景があります。

日記に載せていたものから誤字脱字とチーム名の変更を行ってます。
ナイトからジュラーブリク、トロイからフランカーとロシア語に。