イルミネア大陸の東方、約200㎞の海洋にいくつかの船が浮かんでいた。数カ月間続いていた異常地震の調査団だ。ギルドになると規律が必要で、自由に動き回れる個人か少数の集団で独立していたほうがいい、という合意形成が自然と行われていた。今日も自律探査機の整備をしてまた送り出す作業がはじまる、と思っていた矢先に警報がけたたましくなった。種類は、推移変動。
「ソナーが真っ白だ、海の底が上がってます!」
「ほかの船にも呼び掛けるんだ。全力で海域を離脱だ」
大中の船がパニックを起こしながら移動を開始するが、海面には巨大な白い何かが迫ってきている。この海域全体の下にそれはいるのだ。海から白い光が漏れてくる。
「水深30mまできてます。先頭の船から離脱したと連絡が来てます」
「ここまで来たら神頼みか。通信士、ギルドに連絡、正体不明の物体が浮上しつつある、迎撃の用意されたし、とな」
「エンケの空隙と通信、繋がりました。すでにインターセプターがあがってるとのこと」
「そいつは助かる」
船長は祈る気持ちで空を仰いだ。
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真っ先に向かったのはギルド「エンケの空隙」と連合を結んでいるギルド「第403飛行隊」の機竜だ。音の数倍の速さで移動できる彼らが選ばれたのは自然なことだった。
『巨大と聞いたがいくら何でも大きすぎやしないか?』
計測範囲で幅は1400m、巨大なタンカーが3隻並んでそのサイズになるかどうかだ。
『船団の退避は完了した。いつも通り警告を流せ』
小隊長は後部座席でアナウンスをする仲間をミラー越しに確認する。領空や領海に近づきつつある者には、その旨を警告するのが常だ。攻撃的なプレイヤーはすぐに攻撃を仕掛けてくるが、たいていは勘違いやうっかりで近づきすぎていることのほうが多い。
「応答ありません」
「周波数は変えたな?」
「はい、どの周波数でも応じません」
これは荒れるパターンだと小隊長は直感する。
「各機、いつでも回避できるようにしておけ。何を仕掛けてくるかわかったもんじゃない――」
巨大な白い物体が大量の海水を掬い上げるように浮上する。海水を滝のように落としながら、物体はさらに上昇を続ける。
「飛ぶのか、あのサイズで」
このExtreme Worldで荒唐無稽なものは散々見てきた小隊長だったが、今回のスケールの違いには驚きが隠せなかった。
「不明機、イルミネア大陸方面に向けて移動開始」
副操縦士の男からの報告に小隊長が叫ぶ。
「全機、向こうが撃ってくるまで撃つなよ!」
迎撃のために威力よりも機動性を重視したミサイルを全機が装備していた。ただの機竜なら戦えるが、これだけ大きなものの装甲を破壊できるかはあやしい。ぎりぎりまで引き付けて、一点に火力を集中するしかない。この眼下を悠然と飛ぶ相手にどこまで通用するのか。2対の羽をもっており、全体の形は蝶に近い。胴にあたる部分には甲板のようなものが見える。光学映像を拡大すると装甲のつなぎ目はあるが窓らしきものがない。
「不明機の表面、形状が変化してます」
部下の言葉にあわせて、不明機の表面に黒い点がいくつも現れた。反射光があり、ガラスか何か。おそらくレーザー砲だ。隊長は叫ぶ。
「全機、回避だ! レーザーがくるぞ!!」
その叫びに応じるように赤いレーザーが放たれた。逃げる機竜たちをジグザグとした線を描いたレーザーが追い詰める。
「なんでレーザーが曲がるんだ」
小隊長は呻きながら、機竜を右に左に飛ばして回避を試みる。副操縦士の男は疑似熱源と電波欺瞞紙を放出して妨害を試みる。が、影響を受けずにビームは迫ってくる。
「シールド出力最大、直撃に備えろ!」
空を飛ぶために装甲を薄い機竜にとって、シールドは最後の防御手段だ。不可視の力場に赤いレーザーが遮られ、しぶきに変わる。シールド発生装置が悲鳴にも似た音を立てて、火花を散らす。何秒も攻撃され続けることを想定した防御装備ではない。
「収集した分の情報を送信するんだ。オープンでもばらまけ」
意図を察した副操縦士の男がデータをエンケの空隙はもちろん、敵味方関係なく受信できるよう暗号化もせずオープン回線でばらまく。
「シールド発生装置、ダウンします!」
副操縦士の声とアラートの音をどこか遠くに聞きながら小隊長は呟く。
「火力にものを言わすだけが戦いではないぞ」
赤い力の奔流が小隊長を乗機とともに砕いた。
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田辺はレーダーから第403飛行隊のマーカーが消滅したのを見て、眉間にしわを寄せた。彼らとは何度もギルド戦をともにしたことがある。統率の取れた動き、絶好の機会を逃さないのはもちろん作り出せる。そういう優れた機竜乗りたちがそう簡単に落とされるわけがない。
「全データの受信完了、解析を開始する」
「巨大な蝶か。しかし、大きいな。全長は2㎞近くか」
ディスプレイにうつった巨大不明飛行物体を見て田辺は呟く。胴体の後部には着艦スペースがある。その両端からまっすぐ伸びている部分はおそらくカタパルトだ。
「空中空母の可能性がありそうだな」
「その可能性が高いと判断する」
「ほかの連中にも共有しておいてくれ」
「共有した。同様の推測をしているプレイヤーが多い」
最悪の場合は追尾してくるレーザーが飛び交う中、敵艦載機との空中戦になる。面白いが面白いにも限度がある、と田辺は長く息を吐いた。後方にはV字編隊を組んだ第500飛行隊の他のメンバー、さらに後ろにはあちこちのギルドの機竜が群れをなしている。エンケの空隙の領土が近いこともあって、同盟を結んでいるギルドの機竜が多い。それに混じって異なる陣営の機竜も飛んでいた。
『敵だと思って撃たないでくれよ』
『その代わりこちらも撃たないでくれ』
『わかってる。相手は、あのデカ物だ』
オープン無線の軽口を聞く限り、関係は悪くなさそうだ。
「陣営関係なく、情報交換が密に行われている。有益な情報があれば共有する」
「それが一番、いい情報だ」
レーダーのマーカーを見ると他のギルド同士で編隊を組んでいる例がいくつかあった。第403飛行隊の発した情報はそれだけの危機感を持たせるものだったわけだ。
『全機聞こえるかしら? 時間がないから決まったことだけ伝えるわ』
スグリからの通信。作戦は極めてシンプルだ。長距離の対空ミサイルを全機同時発射し、敵の迎撃能力を見る。その情報を持ち帰る。
『必ず全機帰投すること。陣営関係なくね』
「相変わらず簡潔だな」
「敵機、間もなく射程内」
レーダーの上部に白い影が見える。ロックオンに表示が切り替わると同時に田辺は発射スイッチを押す。ブラック・アウトから合計4発の長距離対空ミサイルが放たれ、影に向かって飛んでいく。後続の機竜が次々とミサイルを発射。ミサイル群を示す光点が白い影に吸い込まれ消えていくが、コースに変化は見られない。
「この数のミサイルにしのぐか」
撃ち落とされているミサイルもあるが、命中しているものもある。機竜をシールドごと破壊するミサイルも混じっているのに何の効果もないとはにわかには信じがたい。
「引き返すぞ」
ブラック・アウトが機首をあげて反転、ミサイルを放った他の機竜たちもそれに続く。
「敵、後部カタパルトから機竜を射出。総数不明」
エリスが告げる。
「やはり、来たか」
こういう役回りは多いので、率先して買って出るようになったのはいつからか。田辺は苦笑しながら、やるべきことを言葉にした。
「ほかの連中の離脱までの時間を稼ぐぞ」
「了解、殿戦を開始する。」
ブラック・アウト、再び反転。敵の機竜群に向け突入する。