遅めの昼食とも早めの昼食とも言える時間帯のおかげか、喫茶店は空いていた。メニューにはナポリタンから生姜焼き定食が並んでいる。定食にいたってはお代わり自由の文言が添えてあった。食べられる以外に共通項がないメニューに対して、店内は木目をいかした柔らかみと落ち着きの感じられる内装で統一されていた。
「カオスですわね」
「そのうち慣れるよ」
「あなたがこのお店を知っていることが最大の不思議ですのよ」
「歩いてたらたまたま見つけたんだ」
端末の通知に気が付くとアズはちらっと内容を確認する。コーヒーを一口飲んでから、
「異界化現象のニュースは相変わらずだね」
通知を確認するのは職業病のようなもので、今日はそういう話がしたいわけではないんだ、と彼は苦笑する。
「せっかくの休みにこの話は台無しだ」
「懸案事項ではあるでしょうに」
「本格的に相談するなら別の場所、別の時間にするよ」
「いい判断ですわ」
どれぐらいい判断だろうか、と聞く気にはなれず、コーヒーをさらに一口。まだ、食べたりない、と彼はミニパフェを追加でオーダーした。
「その細い体のどこに消えているのでしょうね」
「どこかの誰かと昨晩はしゃぎすぎたからね」
ライラックは静かに紅茶を飲み、そして、視線をそらした。
「そういえば、EWのメインの職は何にしたんだい?」
「魔術士で考えていますの。圧縮詠唱と高速詠唱を見てたら試したいことが思い浮かんで」
「今度はどういうアプローチを考えているのかな?」
「エーテルとの対話ですわ」
「対話か。難易度高いよ」
アズはパフェ用の細長いスプーンを深く沈めて、アイスクリームをひと匙、ゆっくりと口に運んだ。口の中で溶けるとミルクの味とバニラの香りが広がっていく。
「それならやりがいがありますわね」
「エーテルに意識があるかもしれない、という説は昔からあるんだよ」
「試みた人もいるのでしょうね」
「結構ね。不定期にギルド内のチャットや掲示板を騒がせて、流されていく、そういうものだね」
彼はそこで一区切り。冷えた舌を温めるようにゆっくりとコーヒーを飲んでから、
「魔術の話に戻る。詠唱にはいくつか種類があるけど、どれもエーテルに意味が伝わるように意識して唱えるのがお約束なんだ」
「エーテルに自我があると仮定したものいいですわね」
「少なくとも人間の言動を認識し、それを実現するんだ。もしかすると中の人には会えるかもしれないよ」
「どう言うことですの?」
アズはコーヒーを飲み干して、
「あのゲームのNPCはAIや電子生命体たちが動かしているらしいんだ。エーテルの制御も、もしかすると、誰かがやっているかもしれない」
「らしい、ですのね」
「ゲームの雰囲気を守るために公式から情報は開示されてないんだ。噂は流れてくるけど、検証しようがない」
「そちらの方がやりがいがありますわ」
伝票を手に取ると、さっとライラックが立ち上がる。
「面白い話を聞かせてもらえましたから、私が持ちますわよ」
そういってライラックはウィンクした。それは、反則だろう、アズは会計に向かう彼女を追いかける。