アズは社宅のベッドに転がって端末をつついていた。見ているのはExtreme Worldの掲示板だ。公式が運営しており、過去の情報が資産にもなっているため、落ち着いた文面のやり取りが続いている。一言で治安がいい。そんな掲示板が少々、騒がしい。話題はここ数か月続いていた海底地震だ。地震や火山の噴火といった天災はExtreme Worldでは起きない。最初は起きないはずの地震が小規模だが起きていると盛り上がり、1か月もすると観測記録を共有するだけと落ち着いた。今度は止まったことでなぜ止まったかで盛り上がっていた。
「震源から遠ざかっていくのが気になる」
タイムライン表示すると、陸からロールした絨毯を広げるように震源が移動している。全体を表示すると、巨大な長方形が姿を現す。自然現象とするには不自然で、不具合とするには運営の動きがなさすぎる。
「消去法で考えると、プレイヤーが起こしているんだけど」
仰向けになって天井を見ながら考える。そんな力を持っているギルドや団体は存在するだろうか。確かに規模の大きなギルドは存在するが、このような現象を引き起こせる力があるギルドは存在しないだろう。存在しているなら、ギルド戦の歴史を塗り替えているに違いない。あるいは、海底を隆起させて新たな領土を作るといった離れ業をしているのではないか。それは飛躍しているか、と彼は端末を横に放り出して、瞼を閉じる。関係がありそうなものといえば、少し前に見つかった巨大な地下坑道だ。ベータ版のころに作られたものだが、今でも稼働しているという。最深部に降りるには危険性が高いため、立ち入り禁止になっている。
「機械が機械を作って増えていたらどうだろう?」
採掘して資源を増やし、その資源を使って機械を作り、採掘をするのを繰り返せば途方もない力を持つだろう。しかし、持ったところで何に使うのか。今は宇宙にようやく到達できるようになったレベルだが、ベータ版のころは系内は庭だったという噂だ。その頃の技術と文化で考えるなら、巨大な宇宙船の類を作るため、と考えてもおかしくはない。想像に想像を重ねてもはや妄想としか言えない結論に至ったところで、端末のアラームが鳴る。
「時間か」
彼はベッドから立ち上がると、スリングバッグをもって部屋を出た。
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「無事合流だね」
「珍しいものを目印にしたんですのね」
ライラックはゆっくり振り返って、改めて目印の石像を見る。とある島の石像に似ているが、アレンジが入っている。
「君ならわかると思ったんだ」
この石像も待ち合わせの目印に使われていたが、駅構内の工事で新しい通路ができて今では別の石像が待ち合わせの新たな目印になっていた。
「まぁ、言葉がお上手ですこと」
「世辞と嘘は苦手なんだ」
そんな他愛もない話をしながら、お店に向かって歩いていく。居酒屋と利用客でごった返すエリアを抜けて、静かなエリアに出た。
「こんなところにあるんですの?」
「あるんだ、いいお店が」
アズはライラックに手を伸ばして、
「不安そうだったから」
ライラックは短く息を吐いてから、
「ちゃんと、エスコートしてくださいね」
「善処するよ」
ライラックはアズの手を握り返した。普段なら先頭をいく彼女が彼の少し後ろにいるのはなかなか貴重なことかもしれない。
「雰囲気が……」
「この辺はオフィス街なんだよ。暗いのは苦手かい?」
「暗がりは別になんともないですのよ」
「あそこの灯りが目的地だよ」