『眠れぬ夜』

ふと、目を開くとあたりは真っ暗だった。

どうやら、ログアウトした後、すぐに眠ってしまったようだ。

体と脳がかみ合わない感覚。

「起きたのか」

エリスの声だ。

とても近い。

「ああ」

自分は今、ベッドの上にいるのは触感からわかる。

体と脳がかみ合っていくにつれて、目も暗さに慣れてきた。

すぐそこにエリスの顔があった。

声が小さくて当然だ。

エリスの整った顔立ちが月明かりに照らされている。

とても、綺麗だと田辺は思った。

「大丈夫か?」

艶のある唇が動いた。

「大丈夫だ。結構、寝てたようだな」

「睡眠時間は5時間34分だ」

「となると、午前1時ぐらいか」

「今は0時57分だ」

「そうか」

「私の顔がどうかしたのか」

「綺麗だなと思っていた」

「寝顔が可愛いと思っていた」

「お前……」

「統計から考えた結果だ」

「男が可愛いと言われても嬉しくない」

「そうか」

と言って、エリスが田辺を強く抱きしめる。

体が密着する。

エリス?」

「こうすれば顔が良く見える」

「なるほどな」

エリスの赤い瞳の中に自分の顔が映り込んでいる。

きょとんとした顔だ。

その顔はすぐに苦笑いになり、微かな笑いに変わる。

「おかしいのか?」

「そんなことはない。お前が真っ直ぐで嬉しいんだ」

田辺は両の腕をエリスの背中に回して抱いた。

「こうしないと不平等だろう」

「右腕は大丈夫なのか」

「そんなに俺の身体は華奢じゃない」

ハネムーン症候群なるものもあるが、この場合は考えなくても良いだろう。

「そうか」

先よりも近い位置にエリスの顔がある。

少し、顔を動かせばぶつかるような距離だ。

「唇が気になるのか」

「綺麗だから、な。……なぁ、エリス

「なんだ?」

「キス、しても良いか?」

「それは――」

エリスの顔が近づいてくる。

そのまま、エリスの唇が田辺の唇に接触し、すぐに離れる。

「こういうことか」

「……そうだ。どこで覚えたんだ?」

「TVだ」

「有害情報の巣窟か」

「有害なのか」

「いや、青少年に有害な情報と言うだけで、それ自体に害は無い。もちろん、こうすることにも、な」

「ん……」

「さっきのお返しだ」

「もう終わりか」

「……その先を知って言っているのか?」

「当然だ」