DAYS

『月明かりの下で』

闇に浮かぶ真円の月は、白く冷たい光を放ち他の光を寄せ付けない。
その光の下、少年は身体を夜露と光に身体を染めながら、MTBのペダルを踏んでいた。
ハンドルにつけてある照明は点灯しておらず、少年は月明かりを頼りに道を進む。
隣を走る少女の自転車も同じように無灯火だ。
少女の警察に見つかったら注意されちゃいますよ、という注意を少年は見つかるわけないさ。いないんだから、と笑って流した。
実際、この川沿いの道を通っている間、誰ともすれ違っていない。
すれ違っているとするなら、傍らに生えるすすきであったり、冷たく心地よい夜風ぐらいだろう。
「月、綺麗ですね」
「これでそう思わない奴がいるなら、そいつの感性を疑うね」
細く黒い影を砂利に落としながら少年は言う。
「はい」
普段の彼女なら、それは言いすぎですよ、とか、酷いこと言わないで下さい、と言うのだが珍しく少年に同意した。
少年はふと、併走する少女を見た。
月明かりが照らす少女は恐ろしいほど、神秘的で少年は思わず息を呑んだ。
自分の呼吸に気付き、慌てて目を正面に向き直し呼吸を整える。
落ち着きが足りないな、と内心で苦笑しても、自分を叱っても、先の光景は瞼に焼きついたままだ。
「どうか、しましたか?」
心を見透かした問いに心臓が跳ねて少年はハンドルをぐらつかせた。
「あ、いや、何でも……っ」
制動しようとするが、大きくふらついたMTBを立て直すことは叶わない。
大きく傾き少年は衝撃に備えて身を構える。
砂利だからどう転んでも洒落にならないな、と思い目を瞑る。
夜風と違う風とやわらかい温かさを感じて少年は目を開き、あたりを見た。
左手に広がる斜面には二つのMTBが転がり草に埋もれている。
その近くの草は延々と倒れ、自分のいる場所まで続いていた。
右を見れば川面が月を映している。
しかし、何処にも少女の姿が無い。
視線を自分の下に向ける。
「本当に大丈夫ですか?」
少女の背中からは薄く黒い羽が伸びていて、月の光を縁に映している。
この羽が少年と少女を守ったのは想像に難くない。
状況を整理している間に少年は少女を押し倒す格好であることに気がついた。
慌てて身体を起こすと、今度は川岸の石ですべり土手に倒れこんだ。
今日はまったく、どうかしている、と少年は心の中でため息をついて、そのまま月を見上げた。
土手から身体を引き起こそうとするがそれすら叶えられなかった。
今度は少女が覆いかぶさるように手を草地についたのだ。
少女の身体が少年に黒い影を落とし、黒い羽はその色に似合わず月の光を通して輝いている。
「これを綺麗じゃないって言ったら、感性疑われるね」
加速する鼓動を抑えて少年は言った。
「そうですか?」
「今度は疑問形かい」
苦笑を含んだ少年の言葉に、少女は答えることなく、隣の草に寝転んだ。
もう、半透明の羽は見えない。
でも、鼓動の加速は止まない。
顔にも少し出ているだろう、と少年は推測した。
現に熱った身体に冷たい風が心地よい。
「怪我無いか少し確認してみました。本当に大丈夫のようですね」
覆いかぶさった理由を口にしながら少女は微笑む。
「君は大丈夫なのかい?」
「はい、大丈夫ですよ。こう見えても私」
「戦闘用アンドロイドですから、だろ」
「はい」
台詞を持っていかれても、特に気にすることなく少女は頷いた。
「仕方が無い。このまま、休憩にようか」
「そうですね。時間もたっぷりありますから」

どうでもいい話

話自体は2005年12月頃に出来ていて、微調整やら何やらを経て今日に至る。
数年も経てば書き方も変わるもので、今の自分には良くも悪くも書けないだろう。
しかし、この二人はずっとこんな感じだったのか……。