ペダルを漕げば漕ぐほど自転車の速度は増していく。
もちろん、限界というものはあるが、その前に彼の身体が限界に達していた。
今の彼には自転車の性能を最大限に引き出すことはできなかった。
漕ぐのをやめて、熱を持った身体に風を通すように身体を起こした。
春といえ、夜の風は少し冷たく、彼の身体から熱を奪っていく。
「大丈夫ですか?」
並走するように『飛んでいる』少女がたずねてきた。
「もしかすると、明日は筋肉痛かもね」
と苦笑いしながら少年は答えた。
「何せ、運動不足だから」
「それは、仕方ないですよ」
同じように苦笑いして少女は言った。
「君は筋肉痛とは無縁そうだね」
「筋肉痛はありませんよ。時々、飛び方がわからなくなって落ちますけど」
「それは、大変だね」
「すぐに思い出しますから問題はないです」
「そっか」
前を見ればサイクリングロードは途切れず続いている。
彼らのほかに路上には見当たらない。
空には満月が浮かび、自転車のライトがいらないくらいだ。
「去年はこの辺で転んだっけ」
そのころと違って柵が出来上がり、転がり落ちることは無いだろうか。
「余所見なんかしてるからですよ」
少女の声にはいたずらっぽい笑みが含まれている。
「仕方ないだろう」
「何がですか」
「わかっているくせに」
「だから、聞いてるんですよ」
「君がきれいだったからね」
「聞こえませんでした」
「性格が悪くなったね」
笑いながら少年は言った。
「それはお互い様ですよ」
少女が笑みをもって答えた。