#author("2018-06-16T16:29:21+09:00","default:sesuna","sesuna") [[DAYS]] 「退屈ね」 とカシスは呟いた。 部屋を見渡せば、外を眺めている者、教科書と黒板を交互に睨めっこしている者、寝ている者、小さな声で雑談している者とばらばらだ。 社会勉強だと言われ、半ば強制的に入学させられてしまったが、何か得られるものがあるのだろうか。 時間はたっぷりあるからといって、意味のないことに費やしてよいわけではない。意味は見出すものだとカシスは自分を納得させる。歴史の授業は現代に変わり、惑星「瑠璃」での対FS戦争の話になった。よく知っている分野だ。 「さて、この戦争は人類史に残る戦いになった。それはなぜかな?」 教師の問いにみなが考えはじめる。 初の地球外生命体とのコンタクト、その失敗、殲滅戦争というのは人類史に残る出来事だろう、とカシスは他人事のように考える。 人類史上最大の環境破壊とも言われているが、他の惑星の環境を地球の環境に置き換えるのだから、折込済みだろう。 「では、坂下。何が大きな点だろうか」育ての親の苗字で呼ばれたことに懐かしさを覚えつつ、 「この戦いでは大きな点がいくつかあります。地球外生命体との接触、戦闘、殲滅。戦闘では戦闘指揮専用AIとアンドロイドが投入され戦闘の無人化の先駆けにもなりました。どれも大きな点です」 「ありがとう。ううむ、複数人にあてるつもりだったのだけど、よく勉強しているなぁ。どれも正解だ。人類の歴史は戦争の歴史だなんて言葉もある。その歴史に地球外の生命体まで組み込んでしまったわけだ」 そこで教師は一呼吸おいて、続きを言おうとしたところで、チャイムが鳴った。 「何か人間側が悪いって話もあるけどさぁ、実際どうなんだろうな」 「FSが襲ってきたから戦いになったって私は聞いたよ」 「襲われるようなことやったなじゃないの?」 「調査隊がやるか、そういうの」 「調査隊の格好が気に入らなかったとかさ」 「それは理不尽」 席が近いもの同士で雑談がはじまる。開戦の理由は諸説がある。調べた者であっても、どれを信じるかはばらばらだ。それでも関心があることはよいことだ、とカシスは教室を見回す。 全体の3割ぐらいは先の授業にまつわる話をしているようだった。 人間とFSの戦いがはじまったのは、FSと人間の意思疎通の手段が違ったことにある。違いがある個体と融合、分離を繰り返してFS全体で共有する。それがFSの意思疎通の方法であった。 これを人間にも試みようとした結果が戦いの始まりの真相だ。 気がついたときには戦闘は惑星全域に広がり、収集がつかなくなっていた。 「最初から対話ができれば、また違ったのかしら」 とカシスは呟いた。話せたところで友好な関係が築ける保障はないのだが、命の奪い合いよりは建設的なはずだ。 「坂下さんは不幸なすれ違い派?」 前に座っていた生徒がくるりと向きをかえて、問うてきた。先の独り言が聞こえていたらしい。 「ええ、そうね」 「じゃあ、FSにもなんていえばいいのかな。性格? 人格? みたいのがあったってことよね」 「知性といえばいいかしら。そういうものはあったと思うわ」 「やった! 味方みっけ」 「味方?」 「みんな、FSとは会話できないって言うから寂しかったんだよ」 人類とFSが対話した記録は残されていないのだから当然だろう。 「脳がないから、あるとは考えにくいのでしょうね」 「植物と話せると言っている様なものなのかなぁ」 知性があると思いたいが、ないというのも理にかなっている、と彼女は揺らいでいるようだった。 「知性があると考える人が少ないのは、そう考えたくないから」 「そうなのかな?」 「知性があるものを殺すのは、割り切りにくいのよ。対話の可能性があったとしたらね」 「悔いているんだよねえ、きっと」 「でも、あなたがFSと戦ったわけじゃないのだから、気にすることはないわ」 「そうかな」 「ええ。同じような状況が訪れたとき、よりよい結果を出すためにはどうするか。それが大事よ」 「坂下さん、まるで自分がFSみたいに言うね」 「そうかしら?」 と微笑んで返す。 「じゃなかったら、まだ、FSは生きてるって信じてる」 「あの戦いから半世紀経っても何もないのだから、記録に残っているFSはもういないわ」 人間と同じ対話の方法を学び、実践しているのだもの、とカシスは思う。 次の授業を知らせる鐘が鳴った。