#author("2024-06-02T08:00:20+09:00","default:sesuna","sesuna")
[[DAYS]]

*第3話 救出・後編【Depth 3】 [#c236c2c6]

「2時方向、約150m先にバイタルコアらしいのがあるよ」
「了解。そちらに向かう」

 誠司は方向を変え静かに前進する。正面のライトが白い物体を照らし出した。

「見つけた。ユーフォニィのバイタルコアだ」

 船外カメラが水滴型のバイタルコアが着底している様子をとらえる。

「本当に機関ユニットとかがないね」
「周りに破片もないな。まるで整備のためにばらしたようだ」
「AIコアも見当たりません」

 ディープブルーが静かに言った。姉妹だから気にしているのだろう、と思うと胸がきゅっとした。

「ディープブルー、周囲にAIコアがないか探せ。シアーは周囲を警戒しておいてくれ。俺は、フロートを取り付ける」

 さらにりゅうじんは前進し、コックピットシェルに近づく。すると、ごんごんと鈍い音が聞こえてきた。

「誠司、窓を見て」
「……よかった、生きてるぞ」

 小さい窓から、ユーフォニィのパイロットが手を振っている。こちらのライトに気付いて、手に持っている工具で壁を叩いているのだろう。

「作業用アーム展開……問題なし。フロートを掴んだ」

 誠司は感圧式グローブを使って、作業用のアームを自分の腕のように操作している。りゅうじんの背面に取り付けてきたフロートを作業用アームが掴むと、がこん、と鈍い音とともにロックが外れる。

「フロートをユーフォニィのコクピットシェルに取り付ける」

 宣言と同時にフロートを前方のコックピットシェルに近づける。ハードポイントと位置があうと、ロックが自動的に作動し、バイタルコアに固定される。真っ暗だったユーフォニィのコクピットシェル内に光が戻った。フロート内蔵の発電機によって電力が回復した証だ。

『こちらユーフォニィ、聞こえるか?』
「こちらりゅうじん。感度良好」
『救助、感謝します。あれにあいましたか?』
「あった」
『こちらが持っている情報を共有します』
「感謝する。あなたたちが浮上するまでの時間を稼ぐ」
『戦闘は避けてください。あれは人の可能性があります』

 相手の声には焦りがあった。

「了解、戦闘は避ける」
『フロートとのリンク確立、浮上します』
「グッドラック、ユーフォニィ」
『グッドラック、りゅうじん』

 フロートを展開し浮力を得たユーフォニィのバイタルシェルが浮上を始める。誠司は深く息を吐きだした。目標は達成したけど安心はできない。

「ユーフォニィを襲った奴をどうするかだ」
「人、なんだよね」
「そこが問題だ。一撃くらわせておしまい、とはいかない」
「向こうは一撃をくらわせておしまいにできそうだけど……」

 私は言葉を止めて、

「待って、ユーフォニィのテレメトリが届き始めたよ」
 
 その言葉に誠司は顔をしかめた。

「沈んだほうの信号を受信しているのか?」
「うん。こちらに向けて高速で移動中。12時方向」
「相手は恐れを知らないな」

 誠司は額の汗を拭いて、瞼を強く閉じて、そして開くと、

「ディープブルー、通信を試みてくれ。俺とシアーはそれまでの時間を稼ぐ」
「タツノオトシゴを使うよ」
「許可する。背に腹は代えられないからな」

 私がパネルを操作すると、船体から小型の船が分離した。周囲の観測や船体にダメージが及んだ時の確認と修理に使う水中ドローン。正式名称は別にあるけど、私たちはタツノオトシゴと呼んでいた。そのタツノオトシゴのひとつからの信号が途絶えた。

「シアー、防御はぎりぎりまでとっておけ」
「了解。ちゃんと避けてね」
「任せろ」
「近接通信が可能な距離にいます。ブルースノーとの通信を試みます」

 タツノオトシゴへの攻撃は最初の1回だけで止まった。次の攻撃があるのではないか、と私も彼も神経を総動員して出方をうかがう。船外照明を落としているため目視では確認できない。でも、ソナーは正面にそれがいることを示している。

「ブルースノーとの高速リンク確立しました。情報交換中」

 ディープブルーが告げると、サブディスプレイに高速で文章が流れていく。

「完了しました。ブルースノーは自らの意思であの存在に同行しています」
「自らの、意思?」

 私の疑問にディープブルーは、

「はい、自らの意思です。この計画は数か月前から行われていたようです」

 と答えた。私と誠司は息を飲んだ。ブルースノーが深海調査中に特殊な音波を検知したのが始まりだった。最初は何かのノイズだと考えていたが、解析を試みたところ、パターンがあることがわかった。さらに続けていくとそれは人の声だった。暗い、寂しいの繰り返しだ。ブルースノーは近い海域に潜るときに同じ周波数で会話を試みた。結果は、成功だった。潜るたびにブルースノーとその存在は会話を繰り返した。ブルースノーは深海で孤独に生きるその存在を何とかしたいと考え始め、この計画を立案したのだという。

「最初の攻撃はなんだったんだ?」

 誠司の疑問に私は答える。

「怖かったんじゃないかな」
「理解者を奪われると?」
「はい。そうではないと説得に成功しました」

 とディープブルー。

「ひとまず戦いの危機は去ったか」

 彼は身体の力を抜いて、シートに身体を預けた。パームレストに腕ものせて。

「ブルースノーの稼働時間は?」
「残り720時間です。この件について、ブルースノーから提案が来ています」

 ディスプレイに出た文言にさっと目を通す。要約してしまえば、ブルースノーはこの存在と共存しながら深海底を調さするので、データと引き換えに補給物資を提供してほしい、というもの。

「悪くはなさそう」
「こればかりは俺たちで決められない。大学の連中も交えて協議が必要だ」
「その旨を伝えておきました」
「ありがとう。しかし、ブルースノーからは一言もないのだな」
「その、話すのに夢中になっているのだそうです」

 珍しくディープブルーが言いよどんだ。

「邪魔したら悪いね」

 と私は笑う。

「とっとと退散しよう。帰還する」

 苦笑いしながら、誠司はメインタンクをブロー。タンク内に圧搾空気が注入され、海水が押し出される。浮力を得たりゅうじんが浮上を開始する。それを見上げる視線を私は感じた。