#author("2024-06-02T08:25:30+09:00","default:sesuna","sesuna")
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*彼らの日常【D-Y-1】 [#c68b7467]

 カシスの家で勉強をするのも慣れてきた、という感想を優也は持った。同時に不思議な感じがする、とも。同性の友達の家で遊んだり、宿題を一緒にやったりはしたことがある。仲がよい人と一緒ではあるのにこの差は何だろう、なんてことを思っていると、

「本当にコーヒーでいいの?」
「うん。実は、好きなんだよ」

 カシスは向かいの椅子に座ると、ゆっくりと湯気の立つマグカップを優也に差し出す。マグカップを受け取ると、コーヒーの香りが優也の鼻腔を満たした。ダイニングキッチンからは豆の挽く音は聞こえなかったことを考えると、

「ドリップコーヒー?」
「そう、ドリップコーヒー。あなたの口にあえばいいのだけど」

 優也は一口飲んでから、

「おいしいよ、ありがとう」

 と言って笑う。それを見てカシスも微笑む。

「好きな銘柄は何かあるのかしら?」
「苦味が強いのもフルーティなのも好きだよ」
「ありがとう」
「……買って用意したりしないよね」
「飲まないものは、買わないわ」

 それを聞いて優也はちょっとほっとした。人を喜ばすために何でもやりそうなところが彼女にはある。もちろん、嬉しいのだが、お返しができなくて申し訳なくなってくるのだ。

「エスプレッソマシンでもレンタルしようかしら?」
「……落ち着いて?」
「冗談よ」

 そういってカシスは紅茶を静かに飲んだ。

「時事ネタについて調べるのも難しいね」

 端末の課題というタイトルのウィンドウをのぞきこんで優也は呟く。いくつかの情報源をあたれば、課題は簡単に終わると思ったら、そう一筋縄ではいかないようだ。

「あの先生、妙なテーマを指定してくるわね」
「伊勢くんが異界化現象でやってるんだけど、すごい大変だっていってた」
「表に出ている情報は玉石混交だからやめたほうがいいわ」
「表?」
「すぐに調べられる、ぐらいの意味よ」

 なるほど、と頷いて、自分たちの課題のメモを開く。選んだ課題は第二次移民計画だ。1世紀ほど前に行われた恒星間移民計画は新天地への移民に成功した。その惑星からさらに別の惑星へ移住しようという計画だ。

「うーん、僕たちが選んだ第2次移民計画も難しいよ」
「どういう点が難しいのかしら?」
「何を調べればいいのかわからない」

 ニュース記事や計画推進団体の言葉を借りると、人類の可能性を広げるであったり、人類の種の保存であったりと壮大な言葉が並んでいる。これが目的です、としか書きようがない、と優也は思っていた。

「地球向けの記事を見ていると、移民計画に過ぎないけれど、瑠璃向けの記事だと印象が変わってくるわよ」

 カシスは端末のディスプレイを優也に向ける。優也はディスプレイの文字を読み上げる。

「セカンドコンタクトを成功させる。原生する生物の尊重。航続距離を伸ばす新型エンジンの開発。居住性の向上。人工天体化も視野に入れた船体……?」
「人類にとってのファーストコンタクトは戦いになってしまった。同じ過ちを繰り返さない。そういうテーマがあるのよ」

 この角度で調べればもっと情報はでてきて、レポートの内容は充実しそうだ、と優也は思う。

「その、滅ぼされたFSがこの話を聞いたらなんて思うんだろうね」

 カシスはすっかり冷たくなった紅茶を静かに飲み干して、

「私がそのFSだったらそうね。――幸運でも祈るんじゃないかしら?」
「殺されたのにそんなことできるかな?」
「だって、《《この発言を聞いて、どう思うか考えられる》》のだから、FSはまだ生きているでしょう?」
「それは、屁理屈じゃないかなぁ」

 優也はチョコチップクッキーを一口かじって、もしかすると、《《筋は通っている》》のかもしれない、と思った。

「さて、話を広げるのはここまでにしましょうか。提出期限も迫っていることだし」
「うん、頑張ろう」