#author("2024-06-02T17:42:45+09:00","default:sesuna","sesuna")
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*境界線 4【G2-4】 [#rb1a7687]

 彩芽が所長室に戻ると、低いテーブルの上にいくつかの資料が広げられていた。聡司は資料一つ一つを真剣に読み込んでいた。

「ただいま」
「おかえり。おつかれさま」

 資料から目を離して聡司は言った。彼の横に彩芽は腰を下ろして、資料の一枚を手に取った。どうやら、疑似魔法を使った事件の報告書のようだ。ちらっとテーブルの上を見ると、同じような見た目の資料が多くを占めている。右角が赤く塗られた異界化事象の報告書が何枚かあるぐらいだ。

「これは……?」
「今後のことを少し考えたくて、用意してもらったんだ」

 個人ではこの資料を用意できないことは彩芽にもわかる。いくつかの事例に目を通してみると、共通して対処に苦慮していることが読み取れた。規格化されている疑似魔法であっても、使い方は変わるし、デバイスが改造されているのならなおさらだ。自分の力を活かすのなら、こういう荒事はちょうどいいようにも思える。彩芽がそんなことを考えていると、扉が勢いよく開いた。宝城だ。

「検査諸々お疲れ様、一息ついてから話を――」

 テーブルの上の資料に気が付いた宝城は、

「気がはやいなぁ、聡司君。生き急いでいると言われたりしないか?」
「そう言われたことないですよ」

 聡司は苦笑する。つられて宝城も苦笑してから、

「単刀直入に言おう。魔法乱用事件の鎮圧に君たちの力を借りたい」

 君たち、という言葉に聡司は眉を顰める。彼女だけ前線に送り出して自分は何もしないのは許せないのだが、何ができるのかまったくわからないのも事実だった。

「頻度はそんなに高くはないが、違法改造された疑似魔法デバイスの乱用者を鎮圧するには――10人がかりなのだよ」

 彩芽は事例を思い出して自分なら、と考える。仮に数で押されたとしても、なんてことはないだろう。

「できると、思います」
「人と、戦うんだぞ」

 念を押すように聡司は言った。彩芽は微笑みながら、

「大丈夫だよ」

 と言った。言外の意味を理解して聡司は口をつぐんだ。

「鎮圧の際、メインは弦本君、サポートは羽田野君にお願いしたい」
「サポート、ですか」
「状況の整理や判断、車での移動、やることは山ほどある」

 何より、何かしないと落ち着かないだろう、と宝城は聡司の目を見て思う。が、あえて言葉には出さない。

「見返りはなんですか?」
「もちろん、ある。金銭的な報酬はもちろんだが、まず安全な住処を二人には提供しよう。それと彩芽君には身分が必要だ。それも当然、用意する」
「そんなことが、できるんですか?」

 聡司の言葉に宝城は、

「蛇の道は蛇というだろう?」

 笑いながらそういった。どこかはぐらかされたと聡司は思うが、これで大きな問題はひとつ片付いたのだ。

「これで一緒に買い物にいけるね」
「ああ、うん」

 新しい日常に期待を込めた彩芽の言葉に聡司は戸惑い混じりに返した。自分は非日常に足を踏み入れようとしている。今になって実感がわいてきたのだ。彩芽を連れ出して、ここまで来た。それを無に帰すわけにはいかない。

「すぐに返事をするものではないのはわかっているよ。だから、ゆっくり考えて欲しい」

 宝城は彩芽に封筒を渡した。封筒は分厚く重たい。

「すぐに返事ができない、が正しいな。質問はいつでも何でも歓迎だ」

 そこで言葉を区切り、宝城の視線が宙をさまよってから、

「夜中だけは勘弁してくれ。最近は夜更かしも響くようになってきてな」