#author("2025-01-25T01:37:39+09:00","default:sesuna","sesuna") [[DAYS]] * 『前触れ【EW-B-2】』 [#a3d47b9b] 田辺の所属するギルド「第500飛行隊」の任務には哨戒も当然のことながら含まれている。攻撃されることはあまりないのである意味では平和な任務である。ただ、ギルド戦の動きが活発になってきたときは別だ。戦力を削ろうと1対1で勝負を仕掛けてくる輩もいる。ギルドが動き出す前に戦いを終わらせてしまえば、そこで話は終わる。ギルド戦の直前に深く追求するだけの余力を持っているギルドは少ない。それは、有名になった第500飛行隊も該当する。 「所属不明機だと思ったらこれだ」 田辺機であるブラック・アウトは左方向に急旋回して、距離をとる。敵機は右方向にスラスターを吹かせて急旋回、そのまま機首をあげて垂直上昇。続いて、ミサイルアラートが鳴り響く。レーダーにはミサイルが12発、こちらを取り囲むように迫ってくる様子が映っている。不明機はこちらを引き付ける囮らしい。 『データベースに該当なし。未知の対空ミサイルだ』 「実際に見てみるか」 どんなものか確かめるのが一番早いのだとエリスは理解する。機体の中枢AIを担当している彼女はエンジン出力をあげ、同時にミサイルの機動を計算し、回避コースを導き出す。 『1時方向をすり抜ける』 「了解」 ミサイルの包囲網をすり抜けようと、機体が竜の咆哮に似た音を放つ。最高速に近づいた証だ。光学カメラが最大望遠でミサイルを捉える。大きな翼があり、巡航ミサイルのようにも見えるが、高速移動する機竜相手には使わない。何か裏がある、と田辺が考えた瞬間にノーズコーンが外れ、対空ミサイルが姿を表す。 「こいつは対空ミサイルのキャリアか……!」 機首を垂直にし、最大推力で空を駆け上がる。2発のミサイルキャリアから放たれた合計12発の高速対空ミサイルはブラック・アウトを目標にさだめ、急上昇。 「エリス、装甲を捨てて増速したい。何割削ればいい?」 『2割だ』 「あまりこの手は使いたくないが」 装甲があることも、身軽になった時の速度も隠しておきたい、と渋る田辺を煽るように他のミサイルキャリアも対空ミサイルを発射した。レーダーには無数の光点で円ができている。対空ミサイルの包囲網だ。 「撃墜されるよりはマシだな」 『グループ2、グループ4の装甲をパージ』 鈍い揺れとともに主翼の左右、上下から合計4枚の装甲が雲を引きながら落ちていく。対空ミサイルの1発が装甲に激突し、花火になった。 「そう当たってくれないか」 田辺は自動ミサイル迎撃システムとシールドジェネレータのステータスを確認、すべて使用可能。重量バランスの変化への最適化はすでに終わり、機動性と最高速度が1割ほど向上している。 「ミサイルはこちらで迎撃する。エリスは逃げた不明機を追いかけてくれ」 『すでに追跡中だ。発見次第知らせる』 「任せた。それにしてもしつこい」 機体に迫ったミサイルをレーザーが焼き切る。機能を失ったミサイルが速度を失い落下する。ミサイルの包囲網を破り、対空ミサイルとキャリア群が全て後方に消えていく。 『不明機が増速、戦闘空域を離脱した。ラムジェットエンジンに切り替えたと推測される』 こちらの動きを観察するだけ観察して、一通り見終えたら離脱とは潔い、と田辺は敵を評価した。魔術に特化したバーチャルスターを投入したのは、魔術を使って攻撃やシールド、偵察能力などの各種能力が強化できるからだ。多くのギルドは攻撃機として運用するが、偵察でも能力を発揮するのがバーチャルスターの特徴だ。敵は機竜の使い方をよく知っているようだ。 「さすがに追いつけないか」 田辺は警戒を解かずに思考を巡らせる。仮に撃墜してもプレイヤーが記憶している分は残るのだが、詳細な記録と記憶では重みが違う。記憶なら戦闘のインパクトでうろ覚えにもできるのだが。こちらも敵の新型のミサイルキャリア、機竜「バーチャルスター」を運用しているという情報が得られた。次のギルド戦の相手は所有していない機竜だ。繋がりがある別のギルドか、新しく導入したのか。分析は新鋭気鋭の情報分析チームに任せればいい。この前のギルド戦でも敵の管制機の位置を割り出して勝利に導く活躍をした彼らなら、この戦闘で得た情報をより活用できるだろう。 「戦闘終了。広域警戒は続けてくれ。帰投する」 田辺はシートに預けた体の力を抜いた。 「敵にかなりの情報を与えてしまったな」 『次のギルド戦に参加できることが重要だ。必要経費だと判断する』 エリスの言葉に田辺はゆっくり頷く。今もこうして飛んでいるのだから負けてはいない。 「向こうが情報を活用してくるパターンの作戦も考えよう」 『了解』 情報を得たのならそれを活かしたい。 『ミサイルキャリアがより強化される可能性がある』 「対空ミサイルの速度や機動性があがるだけでも脅威だが、キャリアに弾頭が積まれると厄介だ」 田辺はそこで言葉を区切った。一呼吸して、 「思いつく範囲で備えるしかない。たとえば、シールド強化やミサイル迎撃システムの改良。……あるいは、相手に本気を出させるか、だ」 『情報を活用させるのか』 「そういうことだ。こちらがもっと速度を出せると知ったんだ。向こうの見立てより速く飛べば、丁重に扱ってくれるだろう」 『派手に、の間違いだと判断する』 「だいたい、同じ意味合いだ」