[[DAYS]] 青年が一人、薄暗い部屋で頭を抱えていた。 彼のまわりには人の形をしたもの、もしくは人を形作るであろう部分が転がっている。 よく見ればそれは、PVCや木、陶器でできていることがわかる。 「駄目だ。さすがに無理だ」 ネガティブな単語は避けるよう心掛けてきてはいたが、彼ひとりではどうしょうもなかった。 彼は動く人形を作るのが趣味だ。 市販されている人形に強度を増すための骨格、手足を動かすための駆動系、思考するための人工知能などを組み込み動くようにするのだ。 それを彼は電子人形と呼んでいた。 ふと、思いつきで始めた趣味だがずいぶんと長く続いている。 たいていのことはできるようになってきた、と思っていたが10年目にして大きな壁にぶつかっていた。 それは、人形を役に立てるようにすることだった。 彼が作る人形は自ら考える力がある。 会話をしたり、歩いたり、ちょっとしたものを運んだりできる。 江戸時代にあったからくり人形や一昔前に流行った喋るぬいぐるみの延長線上にある。 「これ以上の強化は予算を超過するし、パーツの確保が難しい。何より、法にぶつかる」 力なく彼は呟く。 電子人形は一般に広く公開されているアンドロイドの技術を応用している。 技術者、時間、金、設備が揃えばアンドロイド自体は製造できるが、製造には国をはじめとするいくつかの組織から認定を受ける必要がある。 個人でやるにはあまりにも難しすぎる。 「勝手に作った場合、見つかれば作られたものは破壊される。それには耐えられない」 自分の言葉に彼は震えた。 「しかし、彼ら彼女らにどうやったら力を与えられる?」 参った、と続けて彼は床に転がる。 カーテンから漏れた光に照らされた天井が見える。 「ぜいたく品から実用品に変えるにはどうするか」 事の始まりは3月にあった大地震だ。 各地に大きな被害をもたらしたが、彼が作った人形やその主たちは幸いにして無事だった。 人形の一部は地震の揺れで倒れてきた家具やテーブルからなどの落下でダメージを受け、修理に持ち込まれていた。 修理を受けている人形たちは彼に何かと話をするが、この時は誰も彼もがどうすることもできなかった、と自分は抱きかかえられて逃げるしかなかった、と口をそろえて言った。 それを何とかしてやりたい、とここ半年ほど頭を悩ませていたが無理そうだった。 「人形だからできること、か」 最初に思いついたのはハードウェアの強化だった。 せめて、自律歩行で長時間の移動ができるようにする。 そうすれば、マスターの両の手も空いて互いの生存率だろう、と思ったが材料と法が壁だった。 性能をあげることはできるがコストがかさみ、整備性にも問題が出てくる。 それらをクリアしても法律が壁になってしまう。 そうして、人形師はため息をついた。 「俺にどうしろと――俺はどうしたい?」 問いを誤っていたことに気づき訂正する。 自分がなにをしたいのか、それがもっとも重要な点だ。 好きでここまではじめて、気づけば背負っているものが増えていた。 背負っているものを捨てれば身軽になるだろう。 「それは、したくない」 自分が創ってきたものへ、主になっている者への裏切りだ。 ここまで来れたのは彼ら、彼女らがいたからだ。 支えてくれた存在の期待に応じることもまた、やりたいことの中に含まれている。 はっきりと自覚する。 その上で自分が創りたいものを創り続けてやる。 「ああ、そうだ。そうだとも」 声に力が戻る。 身体を起こし、立ち上がり、周囲を見回す。 今まで自分と誰かたちと創りあげてきたものが、それらの残滓がある。 腹に力を込めて、己の意思を思考で固め、宣言する。 「俺が創りたいのは――」