#author("2024-06-02T08:20:55+09:00","default:sesuna","sesuna")
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*ある年の終わりとはじまりに【Exp 4】 [#d168547d]

 竜姫のエンジンの燃焼テスト結果を見てアズは、慣れた手つき所見を書き込む。課題管理システムに要点をまとめてチャットに投稿する。まさに年が変わろうとしているこの時間に反応する人がいるとは思えないけどね、と彼は少し緩くなったコーヒーをすする。普段なら30秒もすれば誰かが返信かスタンプをするチャンネルが今は静かだ。

「コーヒーのおかわりは、やめておきましょうか」

 後ろから伸びる腕は黒を基調にした柔軟素材に覆われている。アルギズだ。アズはカップを受け取って、

「ありがとう。ホットミルクか」
「シナモンを少し加えました」
「それは、温まりそうだ」

 膝掛けをしている彼を見て、

「冷えますか?」
「少しだけね」

 膝掛けの下、両膝をくっつけて熱が逃げないようにする。地球に急ぎで設けられた簡易拠点に暖房が効いていることを期待するのは無理がある。機体の整備、安全で高速な回線、人が少し我慢か工夫すれば快適に過ごせる環境になっているだけ上出来だろう。
 両の手でミルクのたっぷり入ったマグカップを持って、ゆっくりと口元に持っていくと、シナモンの香りが鼻腔をくすぐる。しばし、香りを堪能して、彼は一口飲んだ。温かいミルクが喉を通って、胃に優しく広がっていくのを感じる。

「少しではなくて、それなりに冷えていると思う」
「暖冬でも冷え込みますね」
「まったくね」

 ホットミルクを飲み干して、彼は一息ついて、立ち上がって、外に向かって歩き出す。ならってアルギズも移動を始める。

「そういえば、出会った最初の年もこんな感じだったね」
「何をやっても動かない、と頭を抱えて年越ししましたっけ」
「そうそう。八城だっけ。年越しそばは食べろ、除夜の鐘は聞け、といろいろしてくれたのは」
「そうですね。懐かしいです」

 今年は半ば趣味で作業をしていたのだから、恵まれたものだ。外に出ると、住宅街の夜景がよく見える。そして、遠くから鐘をつく音が聞こえてくる。

「ここは鐘をつくんだね」
「いいところに秘密基地を作りました」
「初詣どうしようか」
「朝に行きましょう」
「そうだね。このテンションだと変な願い事しそうだ」
「それ、神様も困りますよ」

 アズの脇に抱えていたタブレットの画面に光が灯る。彼が手に持ったタブレットを二人で覗き込む。左上の時計は00:00、新年を迎えたのだ。二人は向き合うと、

「明けましておめでとうございます、アズ」
「明けましておめでとう、アルギズ。そして、今年もよろしく」
「こちらこそ」

 言い終えてからタブレットを見ると、先まで静かだったチャットが祝いの言葉で溢れている。

「今年も賑やかになりそうですね」
「さっそく、楽しみだよ」
 差し伸べられたアルギズの手を握り返してアズはにっと笑った。