#author("2024-06-02T08:26:39+09:00","default:sesuna","sesuna") [[DAYS]] *あるいはメトロノーム【D-A-1】 [#r19c510f] 「先生ー、お久しぶりー」 元気のいい声に先生と呼ばれた男は振り向かず、 「久しぶり。その様子なら問題なさそうですね」 「もう少し話を聞いてよ」 「何か体調に変化があるようなら聞きますが?」 彼も別に最初からこのような態度をとっていたわけではない。担当している心療内科は患者との信頼関係が非常に重要だ。患者が正直に話してくれなければ、適切な診断も処方もできなくなってしまう。治療するどころか、悪化する可能性もある。だから、最初はとても丁寧に対応していた。症状が寛解してからの定期通院がはじまったあたりで対応が変わった、と彼は思い出した。人をいい意味で振り回す振る舞いを取り戻したので、程よく距離をとるべくそっけない態度をとるようになったのだ。あまり、効果はないようだが。 「今日は、この人に病気のことを説明してほしくて」 意外なセリフに彼は椅子ごとまわって、声の主を見る。 「アネモネさん」 「うん?」 「この人とはどういう関係ですか?」 「恋人!」 アネモネの横に立つ女性をちらっと見て、 「なるほど。恋人の協力は必要不可欠です。が、症状はほぼ落ち着いています」 「あの、症状が悪化する前に、予兆が出た段階で適切な対応をしたいんです」 女性は一歩前に出て続ける。 「そのためには彼女のことをもっと理解しないといけないんです」 「わかりました。一通りお話しましょう」 彼はいったんそこで区切り、アネモネを向いて、 「いいですか、アネモネさん」 「もちろん」 笑顔でアネモネが頷く。確認ができたので彼は言葉を選びながら、アネモネの患っている病について説明をはじめる。アネモネの感受性の高さに由来していること。普段は長所になるが、人よりも多くのことに気づくがためにストレスを感じやすく、その状態が長期間続くか、許容値を超えると、無気力や不眠といった症状が現れること、などなど。 「わたしにできるのは、ストレスを感じたときに気分転換を促すこと、でしょうか」 「そうですね。あなたにはペースメーカーになってほしいです」 「心臓に埋め込むあの機械ですか」 「違います。カーレースのペースメーカーです。マラソンでもいい」 「わかりました」 「あとは二人で思考錯誤してください。主治医としてのフォローはもちろんします」 アネモネとその彼女は揃って頭を下げると、診察室から静かに出ていく。扉が閉まると、机に向く。電子カルテに異常なし、と入力して、 「うまくやっているようで何よりですが、一味違う方向にいくのは彼女の性なんでしょうか」