DAYS

きっと、10年後も何かを創っている。

ここのところ、黒の少女は時間を作ってはパソコンに向かっていた。
キーボードを叩 く音が部屋に響く。
最初の頃はリズムが悪く途中で素早くバックスペースを連打していたが、ここのところはリズム良く叩く音が聞こえる。
白の少女は同じ部屋でベッドに腰をおろして、ヘッドマウントディスプレイ型VIST( = 仮想情報空間端末)をかけていた。
彼女の思考を読みとって操作するので、キーを叩く音やボタンを押す音がしない。
その方が黒の少女の邪魔にならないだろう、という白の少女の配慮だった。
視界に被さって表示されているのは黒の少女の原稿だ。
話を楽しみながら誤字や脱字を見つければ校正記号を入れる。
これはこれで楽しい、と白の少女は思う。
誤字や脱字はほとんどないが、それでも稀にある。
それらの存在に気をつけながら白の少女は校正を続ける。
物語の中では進路の異なる少年と少女が確実に共に過ごせる最後の時間を楽しんでいた。
たとえ、二度と会えなくても思い残すことがないように。
果たして、この二人はどうなるだろう、と白の少女は物語の続きが気になった。それは黒の少女の頭の中にあって、今も指先で紡がれている。
待てば読める、と白の少女は校正が終わった分をメールに添付して送信する。
黒の少女が向かうパソコンが新しいメールの到着を知らせる音を鳴らした。
「ありがとう」
と黒の少女。
「助かるわ」
「ふふ、困った時はお互い様よ」
「ありがとう」
重ねて礼を言ってから黒の少女は伸びをし、眠たそうに目をこすった。
「お茶にしましょうか」
白の少女の言葉に黒の少女は頷いた。
ちょっと、待っていて、と白の少女は部屋を出て行った。
カシスちゃんも慣れてるね」
と黒の少女は呟いた。
最初の頃は警戒の意味もあって一緒にお茶をいれていたが、今は完全に彼女に任せている。
それだけ長く白の少女がこの家を訪れている証拠でもある。
壁に立て掛けておいた折り畳み式の小さなテーブルを広げてベッドの前においた。
そして、黒の少女はベッドに座って白の少女を待つ。
しばらくして、プレートの上にティーポットと二人分のカップを載せて白の少女が戻ってきた。
「お待たせ」
と作業台の上に静かにプレートを置いた。
「作業の方は順調そうね」
「うん、おかげさまでとても順調よ」
笑顔で応じる黒の少女の横に白の少女も同じように座った。
「誤字脱字があまりなくてよかった」
「最初の頃は考えながら打っていたのかしら。ミスが多かったわね」
右の手を頬にあてて瞬子は苦笑いした。
実際、その通りだったからだ。
シナリオの展開に悩みながら書いては消してを繰り返した結果、消し忘れが出て白の少女に指摘を何度も受けた。
「わかるの?」
「何となくね。今は悩んでもいないでしょう。文章も変わった」
「どんな風に?」
「一つの文が長くなって、比喩表現が増えてきたわ」
自分の書いた文章を思い出して黒の少女はうなずいた。
「書くべきものが見えてきたの」
「書くべきもの?」
「キャラクターがやりたいこと、かな。二人が何をしたいのか見えてきたの」
「作者はそれを表現するだけ、ね」
黒の少女はわかってくれたのが嬉しいのか笑顔でうなずいた。
「だからかな。書いているのが楽しいの。どんな結末になるのか」
そう、と白の少女は微笑んでカップを口に運ぶ。
「話が終わるかちょっと心配だけど」
と黒の少女も紅茶を一口。
「でも、この調子なら何とかなると思うの」
「できることがあったら言ってちょうだい」
「今でも十分よ。これ以上は頼めないわ」
紅茶を静かに飲みながら黒の少女は白の少女の言葉を聞いた。
「だって、今でも校正してくれてるし、お茶の用意もしてくれるし、家事とかもやってくれてるし……」
白の少女はカップから口を離して、
「時間を有効的に使っているだけよ」
「原稿が終わったらお礼したいな」
「その言葉だけで十分よ」
「わたしのほうは足りないの……」
「あなたも譲らないヒトね。好きになさいな」
「ありがと。でも、カシスちゃんはどうしてそこまでしてくれるの?」
「何か夢中になれる物があるのは素敵なことだから」
「それが他人でも?」
「ええ、好きなヒトならなおさらね」
と白の少女の言葉に黒の少女は体をびくっとさせて、
「えっと、えっと……」
顔を見る見ると赤くさせていく黒の少女に向かって、
「友人として好きだと言っているのにどうかしたのかしら?」
「そ、そうだよね。すごい、びっくりした」
落ち着かせるように黒の少女は紅茶の最後の一口を飲んだ。
それから一息ついて、
「そろそろ作業に戻るわ」
ベッドから立ち上がった。
「頑張ってね」
「うん、頑張るよ」
黒の少女は椅子に座ると再び、キーボードを叩き始めた。
ふと、指を止めて黒の少女はヘッドマウントディスプレイをかけようとしていた白の少女を見た。
視線に気づいた白の少女は手を止めて、
「どうかしたの?」
「なんとなく、10年後も何か創ってそうな気がしたの」
微かな笑みを浮かべて白の少女は
「唐突ね」
「でも、そんな気が……予感かな」
「そう思うなら現実になるわ。頑張りなさい」
「ありがとう」
画面に向き直して黒の少女は打鍵を再開する。
物語の完成は近い。