モーター音が次第に小さくなり、代わりにエンジン音が響き始めた。助手席から見える景色は同じように流れている。
話題は何かないかな、と考える。すぐにフードを深く被った占い師にであったことを思い出した。
「占い師にさ。あなたたちなら打ち克てますわ、と言われたんだ」
「お前、占いなんて信じるのか」
友人はハンドルを握り、視線を前に向けたまま言った。手が離せるなら、肩をすくめるなり何かしただろう。
「都合のいい内容は信じたくもなる」
僕は自分の言葉に棘があると気づいて、顔を顰めた。
「気持ちはわかるよ」
見透かされているな、と気まずさを覚えた。付き合いが長いから、それも含めてばれていそうだ。
「毎回すまないな」
「長い付き合いの友人の送迎だ。喜んでやるさ」
「今のは皮肉っぽい」
「詫びの言葉より感謝の言葉が欲しいんだよ」
「いつもありがとう」
気まずさが消えた。少なくとも僕は、だが。
「爺さんと婆さんは相変わらずか?」
「先月よりは良くなった、とは親父から聞いた」
何せ、僕らの故郷は小さな街だ。誰がどうした、どうなったなんて話は人伝いに広まる。
この手の話題なんて真っ先に食いつきそうなのに、と疑問を口にする。
「その辺の話は噂で拾うんじゃないか?」
「その手の噂はしないほうがいいと釘を刺されたんだよ」
誰が釘を刺しても効果はないと思っていたが、この世には釘を刺せる人物がいるらしい。
「誰に?」
「例の現象の調査チームの人、リーダーだったか。間違った言葉一つで人は死ぬ。正確な情報、発言を心掛けるべきです、とかなんとか」
どんな人物だったか思い出そうとする。ヒアリングと治療に来た人たち、若い女性だったと思う。一人は白衣で一人は和装だった。たぶん、白衣の方だ。名前は星川だったか。
「それで噂好きが噂をやめるかな」
「想像したことは起きえることです。言霊はご存じですか、とさらに畳みかけてきた」
「言葉選びが渋いな」
「おかげでじじばばには効果があった。おかげでゆっくり本が読める」
言霊信仰が根強いというのは何かのネタになりそうだ。遠くに見えるあの山も山岳信仰の対象でつい最近まで男性だけ入山が許されていたことを思い出した。
先月来た時は文化保全の観点で、改めて規制する動きがあるとも聞いた。揺り戻しは付き物ということか。
車はICを降りて街の中に入る。営業している店や電気のついた住居に混じって、真っ暗になっている住居がいくつかあることに気づいた。
「しかし、空き家も増えたな」
「引っ越してくる人もいる。入りと出はとんとんだ」
窓の外から運転席に視線を向けて、
「冗談だろう」
「異界化現象は同じ場所で二度起きない、というからな」
「数字の上ではそうだ。でも、何の因果関係もないじゃないか」
エンジン音が小さくなり、代わりにモーターの静かな音に変わる。
「ま、どうであれ、安く家が買えるのは悪い話じゃない。人が増えるのもな」
運転を続ける彼は冷静に言った。静かなここが好きだと言っていたのに。
「生活環境が変わるかもしれないぞ」
「ここは時間が止まっているようで嫌だ、と言っていたやつのセリフか?」
運転席の彼がちらりとこちらを見た。その目には疑問や侮蔑ではない。何か別の光があった。
「爺さんと婆さんはまさに別の時間に囚われてるんだ。考え方の一つ二つ変わる」
自分たちの時間に引き戻すためにここへ定期的に戻ってきているのだ。
「あとで飯を奢るよ」
「待てよ。奢るのはこっちだ。送迎のお礼に」
運転をする彼の好きなご飯を奢る、というのがこの数ヶ月でできた暗黙の了解だった。
「じゃ、二人で出して、豪勢な飯にしよう」
日はすっかり沈み、街灯の光が定期的に彼の顔を照らす。はっきり見えないが喜んでいるように見えた。
「わかった」
ゆっくりと減速して、車が砂利の上に止まった。
「ついたぞ。また昼に来るよ」
「そうすると酒なしか」
「歩きでだ」
徒歩で行けるような範囲に飲食店はなかったはすだ。
「そんな店いつの間に」
「変わるんだよ、いろいろと」
そんな短気で都合よく変わるものだろうか。少なくとも、彼の言葉に嘘はなさそうだ。
礼を述べて車から降りる。
灰色の車体が静かに走り出して夕闇に消えていった。
彼は玄関に向きを変えて歩き出す。
「打ち克つ方向に変えたいものだが――しかし、あなたたち、か。たちって誰なんだ?」
疑問とともに玄関の敷居を跨いだ。