Feathery Instrument

Fine Lagusaz

第三章「一次元刀」

「さてとそろそろ行こうか」 「はい」

カバンを背負い洞窟を抜ける。 光が目に染みるから僕は手のひらで遮った。 木漏れ日が顔を照らしていた。 目指すは上。 昨日より空気が澄んでいる、いや冷たい。 どこか厳しさに似たものを感じる。 夢であったのはウンディーネだった。 僕のなかで確信に変わって行く。 間違いないだろう。

「どうしたの。何か考え事?」 「少し・・・」

不思議な夢のこと、ウンディーネのことをすべて話した。

「レイルがそう思うならそうなんじゃないの」

一瞬、笑われるか、なんて思ったけどよかった。

「そんなところなのでしょうか?」 「そんなところ」

少しは自分の考えに自信を持ちなよ、と続けた。

「やっぱ、外は空気がいいね。特にここは」 「そうですね。ここの空気はいいです」

あんなところに半日以上はいたんだからだれでもそう思う。 ・・・何か、来る?!

「来た」

水の中から勢いよくでてきたのはキックフロッグだ。 見た目は蛙。 基本的に体当たりで攻撃して来る。 水属性の晶霊術は効かないから、こういうときは・・・ 考えているうちにウィルが前に出た。 右手には刀の柄のようなもの武器を持って・・・

「準備運動にはちょうどいいわね。レイルは見てるだけでいいよ」 「え、でも」 「まぁ、見ていればいいから」

柄を両手に持ち直し何かの呪文を唱える。 七色の刃が現れた。 実体の無い何か別のもの、次元の裂け目のような。

「・・・!」 軽くその刀を一振りするとキックフロッグは光の砂になって消えた。

「きれい・・・」

一応は襲って出て来たとは言え生き物が死んできれいはないかもしれない。 だけど、きれいだと言ってしまった。 本当にきれいと思える光景だった。 「どう、大丈夫だったでしょう?」 「ええ、ところでその刀はなんなんですか」 「一次元刀っていう刀。名前の通りだよ」 「つまり、別の次元で物体を切る、ということですね」 「そういうこと。セレスティアの人がが作ったんだって」 「は~、おもしろいものですね」 「作った人は・・・サグラって言うらしいよ」 「ところでどこで手にいれたんですか?」 「変わった旅商人の人から買ったんだ」 「そうですか」

世の中には不思議なものも存在するんだぁ。 思わず感心してしまう。

グランドフォール事件の後、一部の暇人や技術者、商人魂あふれる人々によりわずかながら両方の世界の交流が始まっていた。 モノに限らず双方の文化の交流でもあった。

何度かモンスターに襲われたが二人で協力して撃退した。

レイルはあまり攻撃晶霊術は使っていなかったので最初は戸惑っていたが数回繰り返す間になれていった。 もっとも、ウィルと一次元刀が強すぎほとんど出番は無かったが。 辺りの景色はだいぶ変わり水の上を歩くような状態になっていた。 浅いので足だけが浸かる形だ。 足元に気をつけながら進むと不思議な場所に出た。 目の前には水の柱が立っている。 水の柱の後ろには滝がカーテンのように流れている。

「ここにいそうだね」 「ええ」

風には優しさとどことなく厳しさが感じられた。 さっきまでいた場所とは違う。 きっとここにいる。 しかしウンディーネは姿を現さない。

「何、あれ」

ウィルの指さす方向を見ると青とも紫とも言える色をした球体が浮かんでいる。

「よくぞ、ここまでたどり着きましたね」

突然声が響く。 女性の優しい声だ。 当たりを見回してもやはり声の主は見つからない。

「ここは晶霊たちの眠る場所です。立ち去りなさい」

優しい、けど有無を言わせない厳しい声。

「僕は・・・あなたを見て見たくってここに来ました」 「わたしも彼に同じく」 「・・・」

しばらくの沈黙。 滝の音だけが耳に響く。

「わかりました。覚悟はよろしいですね」

沈黙を破ったのはウンディーネだった。 覚悟、つまりはウンディーネと戦うこと。 理由は見たい、ただそれだけだ。

「できてます」 「いつでもいいよ」

杖を握る手に力をいれる。 手のひらが汗をかき杖が滑りそうになる。 怖くなんか・・・ないっ!! 空中に浮かんでいた球体が一点に集まり声の主が姿を現した。

「いきますよ」

青く長い髪、澄んだ赤い瞳、青い身体、三つ又の矛。 これが・・・水の大晶霊ウンディーネ。

「レイル、ぼうっとしない。来てるんだよ!?」 「あ」

慌てて向き直す正面から槍のような水が襲って来た。 すんでのところで右にかわすが左腕にかすりかすかに血が滲む。 顔を上げると正面からウンディーネが矛を構え突っ込んで来る。 咄嗟に杖を盾にする。 次の瞬間、杖がバラバラになった。

「うあっ!!」

後ろによろけるように倒れる。 つ、強い。 これが大晶霊の力なのか?

「レイル~っ」

ウンディーネの肩越しにウィルが見えた。 一次元刀を構え鋭い瞳でウンディーネを見据えている。 刀を横に振る、それを目にも留まらぬ早さでかわしていた。

「はずした!?」

何も言わず矛の柄でウィルの腹部を突いた。

「ぐっ」

ウィルの顔が苦痛に歪む。

「ウィルっ!?」

致命傷にはならない。 試しているの、か。 水に効くのは・・・いや、僕にできるのか。 ・・・違う、やってみせる。

「ウィル、下がってください。・・・エクスプロードっ!!」

空から巨大な火球が降って来てウンディーネの姿は爆煙の向こうに消えた。 強烈な爆音が耳をつんざき腹に響く。 強い風が吹き体を押す。 渦を巻くように煙が消える。

「やったの・・・か?・・・!」

煙が消え去ると中心には蒼い人影があった。 無傷だった。 矛を上に掲げ水のシールドを形成し熱も衝撃もなにも遮断していた。 突然、空にウィルの声が響く。

「一次元刀、一式『貫通斬』っ!!」

飛び上り斬りかかったウィルの一次元刀は大きく伸び形を変えた。 水のシールドを貫通しウンディーネの胸を七色の刃が貫く。 青い影が揺らぎ消えてしまった。 次の瞬間、あの声が響く。 最初と同じ場所にウンディーネの姿があった。

「なかなかですね。認めましょう、あなたがたの実力を」 「え、でも僕は」

僕はすぐ目の前に現れたウンディーネに困惑した。 ウンディーネにかすり傷もそれどころか触ることさえ出来ていない。 応戦するだけが限界だった。

「これを差し上げましょう」

まわりに浮いている球体がひとつ、レイルの目の前に飛んできた。 両手を差し出すと球体が弾け涙の形をしたようなものが出てきた。 水の集まり・・・?

「何だろう、これ・・・?」 「あなたの心を映し出す鏡です・・・」

そのまま、消えてしまった。 後ろからウィルが手を肩に乗せてきた。

「大晶霊は別の次元にいるんだって。だから手ごたえなかったんだね」 「直撃してましたが・・・」 「人知を越えたものなんだよ、大晶霊はってのは。ところで何をもらったの」 「あ、これです」 「ふ~ん、心を映し出す鏡、か」

そのままウィルは黙ってしまう。 何かあるのだろうか。 そんなことを考えながら空を見上げる。 青空だ。 何もかも飲み込みそうな深い青。 澄んでいるのか、それとも・・・・・・・・・ それはレイルの今の心そのもののようだった。

滝の裏の洞窟-二人の出会った-で倒れ込んでいた。 先程も戦いは二人の精神力も体力も削っていた。 晶霊灯のゆらめく光が二人を照らす。

「ねぇ」 「なんですか」 「これって何なの?」

晶霊灯を指さしながらウィルは尋ねた。

「あぁ、これですか。晶霊灯と言います。兄は手先が器用でこれはその趣味で作ったものですね」 「いいね。そういうお兄さん」 「ありがとうございます」 「原理はなんなの?」

「なかには晶霊の好む成分が封じ込められているそうです。この光りは晶霊の輝きなんです」 「なるほど。あのさ、道具の補給もかねてモルルに寄らない」

モルルという言葉に心臓が大きく跳ねた。

「ついでにお兄さんにあってくればいいじゃない。それにこれから先、いつ会えるかなんてわからないしね」

いつ会えるか分からない。 このまま世界-インフェリア-を旅すると本当に分からない。

「そう・・・ですね」 「どうしたの?」 「あ、いえ、少し嬉しくって」

兄さん、か。

高々、数日離れていただけなのにだいぶ離れていただけなのにとても懐かしく感じられる。

「と、ちょっと水浴びしてくるね。覗いたら・・・」

そういって例の刀をちらつかせる。

「そんなことしませんよ」 「それじゃ」

そのまま闇に消えた。 天井の穴から星が見える。 届きそうで届かない星か。 今僕の見ている世界にそっくり。 見えているのはほんの一部で見えないところで大きく広がっている。 どこまで僕は僕の世界を広げられるのかな。 そのまま少年は瞳を閉じた。 闇の中に水の音とウィルの静かな歌声が響いていた。

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