Feathery Instrument

Fine Lagusaz

「・・・」 外を眺めると真っ白だ。 黒髪の少年は目を時計にやった。 時間は朝の八時。 昨日の戦いでほかも疲れているだろう。 今も夢の中かもしれない。 白い光景が青い瞳に映り込む。 「なるほど・・・セイか」 そしてタナトスは少しだけ笑った。

甲板には一人少女が座り込んで分厚い本を指でなぞっていた。 本はめくれないように大きな銃が置いてある。 小さく白い息をはく。

兵器として晶霊を利用する知識や技術はあるつもりだったがいざ晶霊術として使うとなると勝手が違う。 「セイ」 自分の名前を呼ばれ振り返るとタナトスが立っていた。 「タナトス?」 「これはセイがやったのだろう?」 白くなったまわりを指さしながら言った。 「うん・・・でも」 「ああ・・・読めないのだろう、これが」 タナトスはセイの足元の本を拾い上げさっと目を通した。 「どこがわからないんだ?」 「ここ」 セイの指さすところを読む。 ちょうど高度な詠唱の部分だ。 これを読めないのは仕方ないかもしれない。 「氷の晶霊を六角に配列させる詠唱で結晶化を促す、か・・・」 タナトスが詠唱の手本を見せる。 手本なのに氷の晶霊がタナトスのまわりに集まりだしていた。 「こんなところだ・・・」 詠唱を止めると白い氷の晶霊たちは消えた。 「えっと・・・」 タナトスが詠唱したようにセイもしようとするがうまくできない。 仕方なくタナトスの詠唱に重ねるようにセイが続けることになった。 回を重ねるごとにセイの詠唱は滑らかになって行く。 基本ができているだけにセイの上達ははやかった。 タナトスは少し驚いた。 「寒い」 二人で振り返るとレイルが少し震えながら立っていた。 「セイ・・・寒い」 そして二人の格好を見てレイルは言った。 「寒くないの、二人とも」 「ぜんぜん」 コーラスでそう答え二人は顔を見合わせると笑った。

第二十章「変異」

「セイが練習して辺り一面が凍りついているわけだ」 フィールのいれたコーヒーを飲みながら俺は頷いた。 ケイは目の前で熱いココアと格闘しているセイを眺める。 セイの横で心配そうな顔をしているタナトス。 何が心配なのか? 熱い物を冷ます時はスプーンなどでかき回したり息を吹いて冷まそうとする。

味が変わるかもしれないが氷を使う方法もあるし外から何かを使って冷ます方法もあるだろう。 セイは氷奏石を手にしているのだ。 そして詠唱を始めた。 ああ、このまま続けると失敗だな。 次の瞬間、ココアは凍り付き白い湯気の変わりに冷気を放っていた。 タナトスは軽く目眩を覚えたのかふらついた。 そしてゆっくりとセイに説明しはじめた。 そんな光景をフィールさんは微笑みながら見ていた。 朝起きた時は何か悲しそうな顔をしていたが何か悩みでもあったのだろうか? 他人だからわかるわけがない。 だが彼女が悩むならあの力があった。 何か力になれれば、願うだけじゃ駄目なんだよなぁ。 俺はため息をコーヒーで流し込んだ。

「さて・・・と」 僕はセイの『練習』で氷に閉ざされた海を見下ろしていた。 まるで鏡のような氷だ。 これだけの氷を作ったとするとかなりの力の持ち主らしい。 手すりに寄りかかりながらココアを飲む。 なんかあっという間に冷たくなっていく・・・。 まだ大量の氷の晶霊があるみたい。 足元にカップをおくと水奏石を握り締める。 「我を包む水の晶霊たちよ・・・」 微かにある水の晶霊がゆっくりと集まってくるのを感じる。 静かに水の流れを作り氷を溶かしていく。 氷の晶霊の気配が穏やかに消えていく。 「・・・ふぅ」 額の汗を拭い深く息を吐き出した。 なんとか溶けた・・・。 かなり手ごわい氷だった・・・。 「レ~イル」 振り返る前に目を手で覆われた。 「・・・ウィル?」 「なんか冷めた反応ね」 「あ、ごめん」 「謝ること無いよ。それにしてもすごいね」 「ちょっと大変だったけどさ」 「ねぇ、レイル」 ウィルの口調がまじめなものになった。 「どうしたの?」 「時間や元素を奏でる石ってあると思う?」 「たぶんあると思うよ」

兄さんの風奏石、セイの氷奏石、たぶんロエンさんが持っている火奏石、僕の水奏石・・・。 晶霊の数ほどこの不思議な力を秘めた石は存在する可能性は大きい。 「そっか」 ウィルは手にした一次元刀を見ていた。 つられて僕も一次元刀を見た。

威力は桁はずれの刀、使用者の精神力次第で強さが変わる、そして使用者の精神力を消耗する。 ・・・もしかして時奏石と元奏石が組まれているとか・・・。 本当にそうだったら『最強』を超えてセイファートに並べるのでは? 「もしかして同じことを考えていた?」 僕はゆっくりと首を縦に振った。 「こういう話なら兄さんやセイが詳しいから後で調べてみようよ」 「それが一番ね」

「ちゃんとどういう原理なのか確かめたかったんだぁ。何度か見せてもらったことがあるけどぜんぜんわからなくて・・・」

「わたしも自分で使っておいて情けないけど詳しくは知らないんだ。ちょうど良いチャンスね」 僕らは甲板を後にした。

「これがヴォルトか」 大剣を携えた男が無機質な声を出しつづける雷の大晶霊ヴォルトを見上げた。 その横には小柄な老人の姿があった。 「次はシャドウになるな、ウィルバー」 「ああ、こんな大晶霊は準備運動に過ぎない」 「キケンキケン」 「うるさい大晶霊だ」 大剣のまわりに黒い晶霊が結晶化して剣を大きくしていく。 「一振りでケリをつけてやるよ」 「シュツリョクリンカイトッ—–」 「突破・・・するのだろう?」 文字通りの一振りでヴォルトの防御能力を突破し『身体』を破壊した。 「シュ、ツリョク・・・テ・・・・・・イ・・・・・・・・カ」 「あっけないものだな」 ノイズ混じりに薄れていくヴォルトの姿を背にウィルバーたちは歩き出した。 -すげぇ、さすがはウィルバー様 -ついてきて正解だ -ああ、ウィルバー様がいれば俺たちは勝てる -もうシルエシカの連中にでけぇ面はさせねぇ そうして兵士たちの士気は上がっていった。

「港に着けたまでは良かったのだけれど」

「俺らがここの文化や技術に興味を持つように向こうも俺らの文化に興味を持つ、そんだけのことだ」

額に宝石のような玉を身につけた褐色の肌のセレスティア人に囲まれ質問攻めにあっているレイルたち。 レイルの言うように乗り付けたまでは良かった。

近づいてくるトライデントに気づいた人々に降りようとしたところで乗り込まれたのだ。 入り口でちょっとした攻防戦を繰り広げ突破された。 そして艦橋で質問攻めにあっているわけだ。 タナトスは何も使わずに話をしていた。 自分のメルニクス語力を試そうとしているのだろう。 セイとウィルは武器に関する質問をされていた。 ウィルは武器職人の質問に対ししどろもどろになりながら答えていた。 「なるほど・・・こういう刀もあるのね」 「お、ヴァプラ博士じゃないか。あんたも来たのかい」

「おもしろい船が来ているって聞いたからいてもたってもいられなくなっちゃってね」 武器職人の中に混って白衣に身を包んだ女性がいた。 レイルたちの視線に気づいてにこりと笑った。 「ヴァプラっていいます。よろしく」

「晶霊を奏でる石というのには二種類存在するらしいの」 「というと?」

「メルニクス時代には作る技術があったらしくてね。人工的な物と大晶霊の持っている二種類があるの」 ソファに腰を下ろていた。 もうすでに互いに自己紹介を終えていて情報交換を行っていた。 晶霊技師と研究者の間のようなことをやっているそうだ。 セイと似ているかもしれない。 「ウィルさん、ちょっとこの刀ばらしていかしら?」 「元に戻せるならいいわよ」

「大丈夫、ばらしたものの構造はちゃんと覚えるようにしてるし手順を踏めば道具は壊れない」 白衣の内側から布に包んだ何かを取り出した。 テーブルの上で転がしていくと工具がずらっとでてきた。 「見たことも無い道具ばかりだな」 ケイが横から覗き込んできた。 手を伸ばそうとするがヴァプラに遮られた。 「おっと、すまない」 「集中したいから邪魔しないで・・・」 「ああ」 そのまま後ろに引っ張られる。 「人のもの勝手に触っちゃまずいって」 「弟に突っ込まれるようじゃまだまだだなぁ」 頭をかきながらケイは苦笑した。 ダメ兄だと思いながらレイルはヴァプラの手元を見ていた。

なれた手つきで継ぎ目を探しマイナスドライバーのようなものを差し込み少し力を加える。 そして二つの石が見えてきた。 軸に鎖のようなもので固定してある。

「この鎖には特殊な紋章があるわね。恐らくこの元奏石と時奏石を関係付けるための。ここから先はわたしには無理だしこの世界中探してもどうにかできる人はいない」 眼鏡を拭きながらヴァプラは言った。 「中の構造はこんな風になっているのね・・・」 中を一通り見たところでヴァプラは元に戻し始めた。 さっき見た光景が逆再生されていく、そんな風にレイルは思った。 そして一次元刀はばらされる前の形に戻った。 その一次元刀がちゃんと元に戻っているのかウィルは丁寧に調べ始めた。 何も言わずにヴァプラはウィルを見ていた。 柄から虹色の刃がでてきた。 「ちゃんと元に戻っているわね・・・。わたしも中見たのは初めてだったの」 「わたしも奏石を見たのは初めて。お礼にこの街を案内しましょうか」 「ありがとう、そうしてくれると助かるわ」 ウィルは言った。

「やっと外に出られたぁ」 レイルは大きく伸びをして職人の町ティンシアの町並みを眺めた。 ほかの町よりずっと技術は進歩しているらしい。 アイメンは復興の真っ只中、ペイルティは船の技術がすごかった。 ここでは全体的に発展しているらしい。 特に驚いたのがこの動く歩道だ。 「地晶霊を使って土を変化させているのよ」 「晶霊を道具という視点で見ている?」 セイは晶霊銃に手をあてながら言った。 「インフェリアから見るとこういうのは不思議なのかしら?」 「俺らは比較的こっちよりだからなぁ」 「どうして?」

ヴァプラが尋ねるとケイはポケットからクレーメルコンピュータを取り出し見せた。 「俺の場合はこれが良い証拠だな」 「これはクレーメルコンピュータね」 「ああ、やっぱこっちにはあるのか?」 「普通にあるのはいいけどここまで小型化した成功例は見たことが無いわ」

「そんじゃ後でゆっくり見せてやるよ。まだまだこっちのことはわからないからな」 「晶霊の配列はどんな感じなのかしら?」 「図が無いと説明できないな・・・」 歩道を降りて広場の隅へ行くとケイはクレーメルケイジに何か入力した。 すると図が壁に投影された。 「まぁ、こんな感じだな」 「こんなシンプルな配列見たこと無いわ・・・」 「そっちのはどんな感じだ?」 「ここのがこうなっていて・・・」

「兄さん楽しそう」 「レイルは参加しないの?」 「僕はクレーメルコンピュータにはあまり詳しくない」 「しばらくはここであの二人を待つしかないね」 「だねぇ」 ベンチに腰を下ろしているとタナトスが何かを買ってきて持ってきた。 「とりあえず、適当に・・・買わされてきた」

レイルは「買わされた」という意味がよく掴めなかったが後ろのセイを見てわかった。 「インフェリアでいうクレープだ」 「あまり変わらないわね」 「フィールさんは・・・飲み物を買ってから戻ってくる・・・」 「そっか・・・フィールさんにはちょっと悪いけど先に食べちゃおうか」 ウィルは適当にタナトスからクレープを受け取ると中身を見た。 「中身が違う」 「それはあたりまえだよ」 笑いながらレイルは言った。 「まさか辛いなんてことは無いよね」 「と僕も思いたい」 クレープを手にした四人は一瞬だけ躊躇し・・・ 同時に食べた。 「あ、おいしい」 「セレスティアの人の味覚が違ったら死ぬところだった」 「嫌だなレイル大げさだよ」 笑いながらクレープを口に運ぶ。 「なかなかおいしいクレープだ・・・」 「材料は全部違うはずなのにあまり違和感無い」 タナトスもセイもそれぞれの感想をいいながらクレープを食べた。

薄暗い路地裏。 銀色の髪の女性ががらの悪そうな兵士たちに囲まれていた。 フィールだった。 「あなた方は何なのですか?」 「まぁ、ちょいと来い」 「今、わたしは忙しいのでそれはできません」 「忙しい?町中ぷらついている奴が何をほざくんだか」 フィールを囲んでいた男たちがあざ笑う。 「あなた方と共にする時間はありません」 「よく言えたもんだな。強がりなんざ。あんたには目が無いのか?」 「それは貴方たちの方です」 「何を言ってるんだ、この女」 「ウィルバーが重要視していたのが不思議なぐらいだ」 ウィルバーという名前に反応することも無くフィールは小さく詠唱し始めた。 「何をぼそぼそ言っているんだ?・・・まさか」 詠唱に使うメルニクス語はセレスティアで使われている言語だ。 当然、セレスティア人には意味がわかる。 「やべ、逃げろ」 「そうはいきませんよ」 フィールは結界を発動させた。 「ぐ、身体が動か・・・な・・・イ?」 「な・・・なんだ・・・?」 「光の晶霊による結界です。しばらくは身動きが取れないでしょうね」 光奏石の力も借りている、通常の結界とは強度がまったく違う。 恐らく並大抵の力では破る事はできないだろう。 「ぐ、ぐおっ」 一人の男の身体の異常に気づいた。 「・・・対消滅反応?」 フィールの脳裏にケイの対消滅晶霊爆弾がよぎる。 しかし特殊な状況ではないと対消滅は発生しないはずだ。 仮に体内の晶霊を入れ替え自らの身体を兵器とした場合どうなるのだろう。 「き、気づいたか・・・そうはさせないぜ・・・」 男たちはぼろぼろになり始めた体で聞いたことの無い詠唱を始めた。 「へへ、こんなの聞いたことは無いだろう・・・な・・・」 次の瞬間、膨大な熱と光を発しながら男たちは蒸発した。 フィールは死を覚悟した。 身体の表面を光と熱が無秩序に貫いてきた。 「晶霊密度が異常だなと思ったらこいつらか」 聞き覚えのある声だったが恐る恐る目を開く。 「よぅ、フィール」 手にしていた風奏石をポケットに突っ込むとケイはフィールに近づいてきた。 「ケイ・・・さん」

「しっかし危ないところだったな。人の放つエネルギーというのは怖いものだ」 ケイはなぜか冷めた目で男たちのいた場所を見ていた。 人の形に地面が溶けて表面がてかてかしている。 まわりには焼けた跡はほとんど無かった。

「一気に放出したから熱が伝わる前に消えたようだな。もう少し遅かったらお前が丸焼きになるところ・・・だったな」 笑いながら話していたケイの顔が苦痛にゆがむ。 ところどころ服が焼けていることにフィールは気づいた。 「ケイさん、しっかりしてくださいっ」 「大丈夫だ、この程度の火傷ぐらい」 「今すぐ治しますから」

「そいつは無理だな。お前、だいぶ精神力使ったろう・・・先の熱と光を防ぐのによ」 「これくらい大丈夫ですよ・・・」 フィールはケイを横にさせると詠唱を始めたが何も起こらない。 「そんなこともあるだろうよ・・・。気にすんな・・・」 ケイはゆっくりと目を閉じて動かなくなった。 「ケイ・・・さん?」 フィールの悲痛な叫びが町に響いた。

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