Feathery Instrument

Fine Lagusaz

第二十二章「Face of Fact」

「しっかりしてください・・・」 ゆっくりとフィールはケイの額をなでていた。 なでるしかできなかった。 動かなくなったケイの身体はまだ温い。 まだ間に合うはずなのに・・・ 何度も晶霊術を使おうとしたが使えなかった。 助けを呼ぼうとしても脚に力が入らなかった。 「どうして・・・なにも・・・できないの?」 夢を見た。 自分がウィルバーの手下につれ去られ最後に惨殺されるという夢だ。 前もって結界を張り備えていた。 未来を変えようとした結果がこれだ。 わたしが死ねば良かったのに・・・ ごめんなさい・・・ どんなに涙を流しても地面とケイの服に染みを作るだけだった。 ・ ・ ・ 「ケ~イ」 「兄さ~ん」 「見つからないわね」 「ほんと、何処行ったんだろう?」 「なんか嫌な予感がするわ」 「とにかく早く見つけないと」 レイルとウィルはケイを探していた。

クレーメルコンピュータが警告音を発すと同時にケイは「フィールがやばいっ」と叫び何処かへ行ってしまったのだ。 「あっ」 路地裏に見覚えのある人影。 「兄さんとフィールさ・・・」 レイルは言葉を失った。 近くには何かが高温で溶けたような跡があり焦げ臭い匂いが辺に漂っていた。 「兄さん、しっかりしてよっ」 ぐったりしているケイに慌てて駆け寄り体に触れた。 「まだ温い・・・まだ大丈夫だ」 レイルはフィールを見た。

かなり疲れている顔をしていたのでレイルはフィールが晶霊術を使ったのだろうと思った。 「わたしは・・・なにも・・・」 その時レイルはケイが何をしたのかわかった。 「なにもしていません・・・何もできなかったんですよっ」 「でも兄さんが大丈夫なのはフィールさんが側にいたからだよ」 「・・・」 レイルは水奏石に強く握り締め詠唱を始める。 未だに使ったことのない強力な回復晶霊術だ。 ねぇ、兄さん。 教えてくれたけどあまり成功しなかったね。 だけど今は成功させるよ。 「母なる青の流れよ」 水奏石から水晶霊が溢れてきた。 「再び彼の者の肉体を満たせ」 そしてそれは青い光の薄い布のようにレイルのまわりを包んでいく。 「ブルーリバースっ!!」 水のような流れがケイの体に流れ込む。 ぴくりとケイの指が動いた。 レイルは額の汗を拭い寝息を立てているケイの顔を見た。 良かった・・・視界が涙で歪んだ。 ただフィールは静かにケイの額をなで続けていた。 ウィルはフィールの肩に手をのせようとしたが言葉が見つからなかった。 ・ ・ ・ 誰かの名前を呼ぶ声に目をうっすらと開く。 ぼやけた天井にぼやけた誰かの顔。 はっきり見ようと体を起こした。 「・・・つっ!!」 背中の右側あたりの激しい痛み俺は思わず顔をしかめた。 そして起こした体をベッドに沈めた。 銀色の髪の女性と14,5ぐらいの男の子のほかに四人ほど側にいる。 名前がでてこない・・・。 「誰だ?」 俺の問いにその場の顔がすべて凍り付いた。 ・ ・ ・ 「記憶喪失ねぇ」 記憶喪失とは文字どおり記憶を失うことだ。

種類も様々でなんらかの衝撃で一部の記憶だけ消えるようなものからすべての記憶を失い一からやり直さなければならないこともあるらしい。 俺の場合は都合が良いらしい。 俺は俺の中という漠然とした闇の中にいる。 月の光も星の光も無い。 奥行きもわからない眼に張り付くような闇だ。 思い出そうにもどうすればいいのかよくわからなかった。 「記憶喪失からの回復方法ならあるわ」 ヴァプラと名乗った女性を見た。 本当に回復できるのだろうか? ・ ・ ・ 「ここは・・・?」 「わたしの実験室よ」 実験室という言葉に不安を覚える。 俺は実験台にでもされるのだろうか?

「ヒトの身体にいる晶霊には物事を記憶する力があります。ヒトの脳には元に戻ろうとする力があります。今のあなたにも何かを知りたいはずです、自分のことも・・・」 「ああ、もちろんだ」

「これらを利用してケイさんの記憶を復活させようというのが今回の治療です」 「過去にこの治療を受けた人間は?」 「あなたが最初なのよ」 レイルという少年が口を挟む。 「そ、そんなことって」 少年の言葉を遮った。 「兄さん?」 「人柱上等じゃねぇか」 なぜか笑いながら言ってしまった。 現状より悪化する可能性すらあるのにな。 「これの扱い方がわかるか?」 今の俺には少なくともわからない。 自分が作ったはずなのに忘れているのは皮肉だ。 「ええ、もちろん」 「よろしく頼む」 ・ ・ ・ 部屋からは時折ケイのうめき声が聞こえてくる。 その度に心臓を締め付けられる気がする。 レイルにはフィールが一番つらそうに思えた。 ただフィールは静かに手を合わせ祈っているように見える。 僕に呼びかけてくれた時と同じなのかな・・・。 レイルも手を合わせケイが助かるように祈った。 ・ ・ ・ 「何処だ・・・ここ」 俺は見たことの無い、覚えの無い何処かに立っていた。 膝ぐらいまで水らしい液体がありそれには見たことも無い星が輝いていた。 「本当に何処だ?」 わけもわからずただ歩く。 水を蹴散らすように気が付くと走りだしていた。 緩やかに浅くなり砂の上に立っていた。 足元に何かが埋もれている。 拾い上げ砂を払い星明かりに透かした。 十字のペンダントだった。 「なんだ・・・これ?」 「それがあなたの記憶です」 「フィールさん・・・?」 「ええ、お久しぶりです」 再び星明かりに透かす。 中は空洞で淡く光る透明な細かい砂で満たされているらしい。 この十字のペンダントはガラスか何かでできているようだな・・・。 いや、それは無いか。 ここは精神世界で物質世界ではない・・・。 いろいろ考えて疑問が沸いてきた。 なんでそこまで俺は知っている? 俺は記憶喪失なのだろう? 確かに最初は都合の良い記憶喪失だと感じた。 そんなこともあるものなのかと思った。 俺は自分の嫌なことだけ忘れたのじゃないのか? 自分の見たくない物から眼を逸らし気になる物だけ見てきたのじゃないのか? 十字のペンダントにぴしっとひびが入った。 「ヴァプラさんやわたしの助けはほとんどいらなかったようですね」 声だけしかわからなかったが少し苦笑いしているのだろうか。

「あなたの記憶はその器の奥にあります。そして何事も無かったかのように避けていたことも・・・」

普通の人間の記憶と言うのは不要なことや嫌なことは自然と消えて無くなってしまうものだ。 それでも消さずに封印しているだけのものがある。 俺はその封印のなかに普通の記憶もある状態にあるわけだ。 「自分の記憶に何があっても受け入れることができますか?」 口調が厳しいものに変わった。 「後悔はしない。元の形に戻るだけだからな」 「やり方は分かりますか?」 見えないフィールに俺は頷いた。 そして十字のペンダントを強く握り締め壊した。 鋭い破片が傷を作り砂のようなものが染み込んで行く。 「くっ・・・ぐ・・・」 予想外の痛みに俺は砂に倒れ意識が遠くなって行った。 ・ ・ ・ 身体に違和感がある。 自分の一部なのに異物のように感じられる。 それが今までの記憶であり見ないで過ごそうとしていた現実だ。 誰もが見ることのできない世界でもある。 意識が目覚めて行くにつれて違和感も薄れて行った。 水に溶け込んで行くような不思議な感覚だった。 最初に眼を開くと真っ暗な夜空が広がっていた。 慌てて瞬きをした。 次にはフィールの顔があった。 「・・・すまねぇな」 「いいえ」 レイルはベッドに倒れるように寝ていた。 俺のそばにずっといたのだろう。 本当に心配かけてばかりだな・・・。 「調子はどう?」 「良い感じだ。運んだのは誰なんだ?」 「レイルくんよ、彼が晶霊術で運んだの」 「なるほどねぇ」 「絶対安静なのにイスに座ったままなのは変だって言っていたわ」 少しほほ笑みながらヴァプラは言う。 そんな俺の視線に気づいたのかレイルは眠たそうに眼をこすり頭を起こした。 「よう、レイル」 「あ・・・おはよう、兄さん」 「オマエ寝ぼけてるなぁ」 なんか自然と笑えてきた。 レイルは慌てて窓を見た。 「え、あ、でも今は・・・夜だ」 「だろ」 「でも夜に目が覚めた時のあいさつってなんだろね」 「そういわれればそうだなぁ」 俺はフィールの涙を浮かべた目とあった。 「あー、フィールさんが泣くことは無いだろう」 「でも、でもっ」 そのまま俺に抱き着いてきた。 俺はどうしていいのかわからずレイルの方を見てしまった。 「僕はちょっと疲れたから先に寝るよ。ほらヴァプラさんも」 「あ、わたしは彼の様子をみないと」 なかば強引にヴァプラを連れ部屋を出て行った。 扉に姿が隠れる前に一言、良かったね、という言葉を残して。 「本当に心配かけてすまねぇ」 俺はその華奢な身体を抱き締め返した。 人の温さ・・・か。 俺はこの温さを守りたいのか・・・。 ・ ・ ・ 「というわけで完全に復活したわけだが・・・なんだレイル、ニヤニヤして」 「いや、なんでもないよ。兄さん」 「とっても気になる言い方をしてくれるね~。レイルくん」 小生意気な口を封じるつもりでレイルの頭を両手で抑える。 朝の何げないやり取りだがいつもと違う印象がある。 「からだの調子はどう?」 「ああ、良い感じだ。もしかすると前より調子はいいんじゃないのか」 「それはそうでしょう。レイルやフィールさんが頑張ったんだから」 「確かにウィルの言う通りだな」 記憶も元に戻っているようだ。 ただ前よりもはっきりと覚えているらしい。 これが俺が避けていた部分なのだろうか? 何かしらの変化をしているのは間違いない。 今まで俺が闇の中に封印し恐れていた何かと対面しないといけない。 それだけだ。 「兄さん、難しい顔してどうしたのさ」 俺に両手で抑えられた部分をさすりながら言った。 「まぁ、ちょっとした悩み事だ、気にするな」 「そうならいいけど」 「心配性だな。・・・なんかあれば言うからよ」 「わかった」 「ご飯ができましたよ」 フィールさんが料理を運んできた。 後ろにはセイとタナトスが続いていた。 「大丈夫のようだな・・・」 「ああ、いろいろ支えてもらってからな」 タナトスから皿を渡してもらいながらテーブルに並べる。 そしてセイから盛り付けられた皿を受け取る。 「なんだか突き抜けたような気がする」 やっぱ外にもわかるくらい変わったらしい。 「“真実と向き合う”それだけだ」 俺の答えにセイは首をかしげた。 ・ ・ ・ 「闇の洞窟まで後、二分と言ったところか」 ウィルバーの後ろには大勢のセレスティアの兵士が待機していた。 「ああ、そうなるな。ウィルバー、すでに各部隊の手はずは整えてある」 後ろの兵士達を見てウィルバーは頷いた。 「いつでも手に入れられるな、あの力が」 「後もう一息だ、死ぬなウィルバー」 「年寄りに心配されるとは世も末だな」 「先のある人間に消えてもらうわけにはいかないのでね」 「わかっている・・・。俺は俺の手で世界を変えてみせる」 ウィルバーは振り返り剣を抜き掲げて兵士達に向かって叫んだ。 「次は闇の大晶霊が相手だ。気を抜くなよっ!」

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