『姉さん、またふられたのか』
『放っておいて』
『なら、そっちから電話しなければ良いだろう』
『……』
『……どちらが年上なのかわからなくなるな。姉さん、しっかりしてよ』
受話器から聞こえてくるのは静かに泣く声だ。
『今からそっちに行くよ』
受話器を置いてから文人はため息。
あの事故が身体に与えた影響は大きい。
不老技術の副作用である短命化を起こさず、不老になっているのだから。
もしかすると、不老不死に近いものになっているのかも知れない。
人間とアンドロイドの恋愛が大変だと言われる理由に寿命の差があげられる。
アンドロイドの方が人間よりもずっと長生きなのだ。
そのため、価値観や考え方に違いが生じ、関係が瓦解する。
これが文人や真理にも当てはまる。
ただ、文人の相方はアンドロイドであり、なおかつ、文人の特性にも理解を示していた。
それが真理と文人の大きな違いだった。
迂闊だった、と文人は真理の部屋の前でため息をついた。
すぐに表情を戻し、インターホンを押す。
返事はない。
「入るよ」
スライド式の扉の横のカードリーダにIDカードを通す。
部屋の中は真っ暗で、扉が開いたと言うよりはぽっかりと黒い口が開いた、と表現した方が正しい。
文人が部屋の中に入ると、扉は自動で閉まり、真っ暗になった。
何も見えず、明かりをともす気にもなれず、文人は目が慣れるのをじっと待った。
その間、ずっと、姉の静かな泣き声を聞きながら。
目が慣れたのは部屋に入ってから、数分経ってからだ。
部屋があちこちにあるわずかな光に照らされ、浮かび上がる。
見渡すとベッドの上に布団の塊があった。
「姉さん……」
声をかけると同時、泣き声は止まり、返事が来た。
「何よ。笑いにでも来たの?」
「違う」
「良いよね、文人は。相手がアンドロイドで」
「相手の種なんか関係ないだろう」
「そうかな?」
「そうだよ。どうして、姉さんはそうやって都合の良いようにしか物事を考えないんだい」
ここでどうにかしなければ繰り返しだろう、と文人は覚悟を決める。
「だって、いつかは独りになっちゃうんだよ……。話しても理解してもらえないんだよ」
「僕らだっていつ死ぬかわからないだけだよ。自分だけ遺されるとは限らない。相手を独り遺すことだってあり得る」
彼女がアンドロイドだからあっさりと理解してくれたのか。
「でも」
「姉さんだってケガをするだろう? 交通事故で即死する可能性は否定できない」
「相手だってそうでしょ」
「だから、互いにだって言っているだろう」
結局のところ、この姉は寂しいのではないか、と文人は思う。
前に自分の相手が長期間出かけたとき、励ましてくれたのは姉だった。
自分のやっていることは恩を仇で返しているだけではないのか。
「僕だっていつ、居なくなるかわからないんだよ」
ベッドに腰を下ろして文人は続ける。
「ただ、力になれる限りはそうするよ。さっきは言い方が悪かった。ごめん、姉さん」
布団の塊が動いて、真理が顔を出す。
整った顔が涙でぐしゃぐしゃだ。
照れ笑いを浮かべて、
「……どうかしてたみたい。そろそろ、慣れても良いはずなんだけど」
「慣れないのは若い証拠だろう」
「余計なことは言わないの」
文人はポケットからハンカチを取り出して、真理の涙をそっと拭う。
さて、とと言って立ち上がろうとする文人の手を真理の手が掴んだ。
「もう少し、そばにいて」
「わかったよ」