Feathery Instrument

Fine Lagusaz

第九章「雨に歌えば」

『こちらアルファ、いまだ目標発見できず』 『こちらベータ、戦闘の繰り返しで発見できず』 『ロエンだ。雨が降ってきた。極力、戦闘は避けろよ』 『ベータ了解』

晶霊の性質を利用した通信機でやりとりを繰り返す。

相手は平民であり移動能力のことを考慮するとあまり遠くにはいけないはずなのだが。

「小道らしきものを発見しました」

一人の兵士がやってきてロエンにいった。

「わかった、いこう」

さらに隊を細かく分け小道の入り口付近に十数人残し残りのメンバーで道を進んだ。 明らかに人の通った道でありその先には何かがあるはずである。

雨と霧で視界は最悪で迷わないように注意を払いながら進むと開けた場所にでた。

「ここなの・・・か?」

思わず言ってしまった。

小屋、畑、風車、井戸、人の住んでいることを示すものがあり小屋に明かりがついている。 ここはいざないの密林で何人もの人間が迷い消えた場所のはず。 そんなところに住む輩がいるとはロエンには思えなかった。

「来た・・・・・・」

外を見ても雨粒が窓を濡らし歪んだ世界が見えた。 一瞬、今のエターニアとかぶったイメージが浮かぶ。 それを振り払いレイルは二人と顔を見合わせ立ち上がった。 本を閉じ武器を忍ばせる。

こんこん

扉をノックする音。 無言で頷き扉を開けた。

「インフェリア衛兵隊隊長、ロエン・ラーモアだ」

タナトスが一歩前に出た。

「・・・何の・・・ようだ・・・」 「・・・」

タナトスの問いには答えず沈黙が訪れる。 ロエンの背中越しには兵士の姿が無数に見えた。 完全に取り囲まれている。

「王暗殺の疑惑をかけられたのはお前らか」 「え・・・」

意外な言葉に三人だけに限らず後ろで待機していた兵士の一部も驚いた。

「違うのか」 「・・・そうだ」 「詳しく話を聞かせてほしい。ここで、だ」

三人の関係、旅の目的、すべてを話した。 すべてを聞き終えロエンはひとつため息をついた後、こう切り出した。

「行方不明の兵士達は生きているんだな。そして王都インフェリアまで来てもらう」

逆らえばこれだけの数を相手しなければなくなるしせっかく晴れた疑いも再発する。 拒否する権利はなかった。 暗い雨の中、王都インフェリアへ歩きだす。

『こちらロエン。目標発見をした、全速力で城へ戻るぞ』

通信機でそう呟き道を急いだ。 草むらの中から鎌を持った死神が現れた。 覗かせる顔は生きている者のものではない。 うろたえる兵士をよそ目にウィルが一次元刀を振り下ろした。 一振りで消え去り兵士達にざわめきが走る。

「さ、先へいそぎましょ・・・はっ、しまった」 「隊長っ!!・・・ぎゃぁっ」

列の後ろの方で鈍い音と悲鳴が聞こえた。 先程、土に還った怪物と同じものが浮かんでいる。 鎌の刃先には血が滴っていた。 列が崩れ晶霊術士たちが詠唱に入る。 が、火球が襲いかかり詠唱ができない。

「・・・ダークフォース」

火球を風のように交わしながら唱えた。 タナトスの放つ漆黒の刃に死神は消え去る。

「傷ついた者たちに降り注ぎその傷を癒したまえ、ヒールレイン」

別の雨が降り注ぎ傷が癒えていく。

「・・・・あ」

倒れていた兵士達が体を起こした。

「あれ?」 「俺ら・・・?」 「良かった・・・。もう大丈夫ですよ」

あっと言う間に展開してしまい状況の読み込めていない兵士もいるようだ。

「お前らは・・・」

ロエンの問いにレイルは明るく答えた。

「ただの旅している三人組ですよ」

インフェリア城につくころには雨はもっと激しくなり窓に打ち付けていた。 客間に通されると何も言わず出て行ってしまった。

「・・・どうしよう」 「どうしよっか」 「・・・眠い」

身体をタオル(なぜかロエンが渡してくれた)で体を拭く。

「くしゅっ」

レイルがくしゃみをした。

「身体、冷えたかも」 「風邪ひかないうちに寝た方がいいわね」

ウィルはそう言った後、隣の部屋に入った。

「覗いたら・・・」

ちゃき、と例のものをちらつかせ無言の圧力をかけて静かに扉を閉めた。 これまたロエンが渡してくれた代えの服を着替えベッドに倒れ込む。 あまりにも沈み込み慌ててしまう。

「なにを・・・・跳ねている・・・」

横で着替えていたタナトスに突っ込まれる。

「いや、こういうベッドはなれてないから」

「・・・平民と・・・・見下した人間から・・・・奪った金で作った・・・・物だ。良くて当たり前だ・・・・」

インフェリアという国を恨んでいるのだろうか。 もっともあの事件以降、王の政策に不満を持つ者は増えてるが・・・。

セイファート教会のお陰でつながっていただけでその教会の力も衰え始めている。 高い天井を見上げながら目をつむるとタナトスとの会話が浮かんできた。

『世界は人が歯車のように干渉しあいできている・・・?』 『・・・メルニクス時代の・・・・詩人がいっていた考えらしい』 『おもしろい考えだね』

『一人で大きく変えることはできない。が、小さく変えることはできる。とされている・・・・』

どれくらいの人々が変えたいと思っているのだろうか。 この世界を・・・。

・・・また・・・あの夢・・・。 穏やかな水流を肌に感じた。 今回違うのは瞬きをしても暗闇が広がっていること。

「またあの夢・・・なのかな」 「・・・」

誰かいる。 でもこの気配は違う。 誰がそこにいるんだ? 青で水。 黒が指すのは・・・影、シャドウ・・・? セレスティアの統括大晶霊・・・。 まさか・・・。 それを打ち消して漂う。 ふと指先に触れるものがあった。 まるで岩のような・・・。 階段状になっているのであがれそうだ。 一瞬だけ躊躇して右手をかけ上り始める。 良く見ると壁が微かに光を放ち薄暗くあたりを照らしていた。 耳を澄ますと何かの音が聞こえる。 風の音? ・・・・・・。 呻くような泣くような悲しい音。 そこにいるのは・・・誰?

「・・・・イル・・・・レ」

誰かに体を揺すられる。 勢いよく体を起こすと頭に衝撃が走る。

「・・・・起きたか・・・・」

目の前に額を赤くしたタナトスがいた。

「・・・痛い」 「ごめん」

隣から目を擦りながらウィルが出てきた。 既に着替え済みで寝間着姿を拝むことはできなかった。

「おはよう・・・?朝から大丈夫、二人とも」 「・・・大丈夫・・・」 「本当にごめん」

二人とも着替え済みで自分だけだ。 あわてて着替える。

「わたし、いるんだけどな」 「あっ・・・」 「後ろ向いていたから見てないよ」

レイルは顔が熱くなるのを感じた。 だいぶ赤い顔をしているのに違いない。 鈍く痛む前頭部を右手でさすっているとロエンが勢いよく入ってきた。

「・・・」

また沈黙。 このロエンという人は僕らになれていないのかな、とレイルは思った。

「朝食だ」

後ろにはメイドが台に料理を乗せて待っている。 わざわざこの人が来る必要性はないと思うんだけど。

「おはようございます」

現れたのは・・・アレンデ姫?! 病魔で床に伏せている王の指示に従いながらも現在のインフェリアのトップ。 なんでそんな人が此処へ? なぜ、ロエンが来たのかも説明がつく。

「話がしたくてつい来てしまいましたわ」 「しかし王妃様が・・・」

ロエンの言葉を聞いていないのか無視してしまったのかそのまま話を続けた。

「謀反の罪を着せられてこんなところへ・・・まことに申し訳ありません」

突然、頭を深く下げはじめて慌てる一同。

「僕たち無傷ですし気にしていません・・・僕は」 「わたしも気にしていませんから」 「俺は・・・・まぁ・・・・いいだろう」 「貴様、姫に対してっ!!」

ロエンを右手で制し続けようとする。 レイルはそこで話を止めさせた。

「もういいんです。それに済んだことです」 「・・・・」

タナトスの心境は複雑なのだろう。 冷たい瞳の少年に姫はたずねた。

「あなたの名前は?」 「タナトス・カノン」 「アレンデと申します。あの・・・・兵士達は・・・?」 「闇の洞窟」 「え?」 「セレスティア・・・・、死と闇の支配する・・・・あの洞窟」 「では生きているのですね」 「死ねない・・・から」 「!!」

アレンデは驚き倒れそうになる。 支えようとロエンが支えようとするが自力で立て直した。

「特殊な晶霊術・・・・不死の晶霊術と・・・・移動の晶霊術を組み合わせたもの・・・・それを使った」 「・・・・」 「向こうも・・・・相応の罪を犯した・・・・ただ、俺のやった罪は・・・」 「そのことに関しては正当防衛だ。よって貴様らは無実だ」 「!」

ロエンの言葉に三人で顔を見合わせた。 一番驚いているのはタナトス本人だ。

「そのことはおいて朝食にしませんか?」

アレンデの一言に空気が緩む。

「しかし・・・・」 「彼らは客人ですわ」 「はぁ」

適度に保温していたのか冷めていなかった。

レイル、ウィル、タナトス、そしてアレンデ姫、ロエンの五人でテーブルを囲んでいる。

城と貴族という物理的にも精神的にも閉鎖された空間にいるアレンデにとって外を自由に行き来しているレイルたちの話は新鮮らしい。 食べ終わった後、ほんのわずかな旅のことを話した。

「これです」

アレンデにウンディーネからもらった石を見せる。

首から下げられるように石を変わった形の金属で固定し紐を通しているものだ。

「きれい・・・・」 「水をそのまま取り出したような青だな」

アレンデの横からロエンが覗いていた。

「モルルにいる兄さんに言わせ・・・・あっ」 「それはない。モルルは兵を派遣していないからな」

そっと扉が開き現れたのは

「よぅ」 「あ、兄さん」

「あ、じゃない。城が広くて遭難しかけたところだ。久しぶり・・・と誰だ。オマエ」

黒髪の少年を指さす。

「タナトス・カノンだ。ケイ・ウィンド」

兄さんを・・・・知っているのか。

「案外俺も有名なんだなぁ」 「クレーメルコンピュータの開発者・・・ケイ・ウィンドだろう?」 「そうだ。よくわからないところで名前が広がっているらしいな、俺は」

その会話をあっけにとられて見ているロエンに楽しそうに見ているアレンデ。 以前では考えられなかったことである。

ついでに彼は無断で忍び込んでいるがアレンデ権限で後にお咎めなしとなった。

「くれーめるこんぴゅーたとはなんですの?」

「初めまして、アレンデ姫。モルルのケイ・ウィンドと言います。さっそくですがこれです」

腰にぶら下げていた青、赤、緑のクレーメルケイジを掲げる。

「あれ、こんなに小さくなっていたっけ?」 「暇だから小型化して見た。あんなでかいのでは話にならん」 「どのくらいの大きさでしたの?」

「一世代前のものは机一個の大きさだったがクレーメルケイジの大容量化と最適化によりこの大きさになった、と。すみません、アレンデ姫」 「あなたのやりやすい話し方でよろしいですわ」

「・・・・このクレーメルコンピュータは晶霊を動力源と演算回路にしさまざまな処理をすることができる。例えば一定地域の天気や温度の予測などが可能だ。またこのクレーメルコンピュータを計測器と繋げることによりグラフを表示することもでき実験の効率化ができる。しかし演算時に不安定になることもあり….」

話の間にアレンデはケイになんどか質問した。 その質問に熱心に答えるケイがいた。 自分の好きなことになるとこうなるんだよな、この人は。

「ということで長々と付き合ってもらいありがとう、アレンデ姫」

部屋の隅でロエンは頭を抱えて固まっていた。 悲痛な光景である。 ウィルが近づき話しかけた。

「いえいえ、なかなかおもしろかったですわ。あの、大学には」

「ああいう堅苦しいところは苦手ででね。自由気ままにやるのが性に合う。王立天文台もお断りだな。技術提供ならいくらでもするが」 「政治も学問も変わり始めましたから必要な技術です」

すべての変化は加速する。

“ごとり”

耳元で歯車の回るような音が聞こえた。 聞き間違いかな。 あまり気にせずレイルは二人のやりとりを眺めていた。 あれだけ降っていた雨はやみ雲の間から光が差し込んでいた。

「役者はそろった」 「ここを数時間後に放棄し移動を開始する」 「連中とは?」

「ああ、ネレイド信仰の奴らか。連絡はついている。だから移動をするのだろう」 「そうだな。しかしウィルバー」

「今の王政に不満をもつ者は多い。アレンデ中心の新体制にシフトする前に潰す」

その二人の会話をいすに拘束された瞳は虚ろに捕らえていた。

『だれ・・・・か・・・わたしを・・・たすけ・・て』

「ん?」

いつの間にかアレンデとレイル、ウィルで話をしていた。

「どうかしましたか?」 「誰かの声が聞えた気がしました」 「そうですか。私には全く」 「気のせい、ですよね」

タナトス、ロエン、ケイの三人は現状について語っていた。

「結局は戦争経験者はほとんどいない。戦力、戦術ともに最悪だ。なにより・・・・」

タナトスに目を移しながら

「兵士が腐っているとはな・・・・。俺は・・・・っ」

「そう落ち込むことはないだろ、ロエン。連中は罪を償っているんだろ、タナトス」 「・・・そうだ・・・」 「俺はお前のような人間が出てこないようにすることを誓う」 「いや、ロエン。その前にやることがある」 「な、なんだ」 「いや、その答えは自分で考えろ」

ケイはアレンデを見ながら言った。

「な」 「・・・・ふっ」 「タナトス、貴様・・・笑ったな」

何だかんだ言いつつ波長が合っているのかロエンの口から聞けない言葉がぞろぞろと出ていた。

ケイの話術にはめられつつあるのかタナトスに押されているのかはわからないが。

「な、なんで貴様らのような」 「・・・・平民に・・・・か」 「違う、初対面の連中にっ」 「いいではないか。付き合い長くなりそうだし」 「ケイは・・・・な」 「平民とばかにしていたのが馬鹿らしい」 「ぇ」

ケイが小さく驚く。

「昨日の夜からずっと考えていた。そしてその答えにたどり着いた」 「世界が広くなった、か」 「どういう意味だ」

「オマエもあの事件でいろいろ思ったろ。その気持ちを忘れなければわかるさ」 「また、答えは自分で考えろ、とはな」 「ロエンも変わりましたね」 「なっ」

そこにレイルたちも加わる。

「同じ部屋なんだから聞こえるのよ、ロエン」 「くっ、これだから平民は嫌いなんだ。平民臭さが移ったか」

その言葉とは裏腹にロエンの顔は楽しそうだった。 数時間後に訪れる事態を知らずに・・・・。

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