Feathery Instrument

Fine Lagusaz

第五章「家」

「よっと」

無数の風の刃がモンスターの体を切り裂く。 そのまま破裂し空に舞う。

「よっと、て軽く言いながらモンスター殺さないでよ」 「いや、なれてきましたし」 「それにしてもこれ不思議なものだね」 「ええ」

戦いの中で杖に形を変えたこれ。 終わった後、また形が元に戻ってしまった。 名前がない。 なんて言うんだろう。 さっぱりわからない。 歩きながらウィルがレイルの手にあるそれをのぞき込む。

「涙石、とか」

手にとり光にかざしながら言った。 ウィルの横から見上げて見る。 光を淡く通し違う青空を映し出していた。 不思議な石だ。

「そのままですね。僕としては水の種がいいかな、なんて思います」 「水の種、そのままだけどいいね」 「水の種にします」 「それがいいよ」

がさがさ、草木が揺れキックフロッグが飛び出てくる。 また水の種(決定したらしい)が杖になる。 杖を強く握ったところでウィルの一次元刀が鮮やかに切り裂いた。

「さすがにレイルばかりに任せられないからね」 「それにしても、ものすごい威力ですね」

「こいつらは弱いから油断するけど数が多いと厳しいものよ。さらにあれが混じる凶悪」 思い出すだけでも寒気がする、そう言わんばかりの顔。

「それは厳しいですよね」

でも一次元刀という強力な装備があり何故そこまで追い詰められたのか。 いまだによく分からない。 体力に限らず精神力も削るのだろうか。

「実はこの刀、精神力を消費するんだ」 「えっ」 「わからなそうな顔していたから言ったんだけど」 「え、でも、さっき」

だとするなら考えて使わなければならない。 迂闊に使えばいろいろな面で弱くなる。

「大丈夫だよ、レイルがいるから」 「あ、ありがとうございます」 「礼を言うのはわたしの方だよ」

頼りにされているんだ、そう思った。 ほとんど戦えなかったけどこの場所でだいぶ戦えるようになった。 こんなところで戦ってしまうのはいけないのだろうが。 川の幅が広がり流れが穏やかになる。

「そろそろ外に出られるかな」 「厳しい場所でしたけどいいところでした」 「モルルに寄った後、どうするの?」 「このまま世界を旅したいです」 「一緒に行こうよ。目的は一緒なんだし」

少し考える。

「もちろん、いいですよ」 「心強いね」

そんなレイルの顔を見ながら笑顔で言った。

「僕もです」 「お互いにね」

そして二人で笑った。 開けた場所に出た。 同じ森なのに周辺の森とは違う水晶霊の川。 独特のあの雰囲気がある。 一気に森を抜ける。 川沿いをずっと辿りモルルにたどり着いた。

「ここからは小船で行きますよ」

沼に浮かんでいる数隻を指さしながら言った。

「本当に木にぶら下がっているんだ」

木々を見上げると家屋群がぶら下がっていた。

「モルルの家屋の特徴ですね」

そんなことを話ながら乗り込んだ。 ロープをひく。 最初は重いが動き出すと軽い。

「重い?」 「そ、そんなことはないですよ」 「無理しなくていいよ」 「いえ、もうすぐですから・・・」

これで終わり、と。 力いっぱい引いた。 先に船から降りてウィルの手を引・・・かなくても大丈夫のようだ。

「気持ちだけでいいから」 「ようこそ、モルルへ」

照れ隠しにそんな言葉を言った。 ハシゴがあちこちからぶら下がり優しい光が差し込む。

「この上が道具屋ね。さらにその上が宿屋」

ウィルが案内板を見ながらつぶやく。

「この上行った後曲がったところにあります」 「レイルの家が?」 「そうです」

レイルに続いてウィルがハシゴに上ぼる。 こういう場合、レディファーストというとただの策略家になる。 もっとも、ウィルの場合は服が服ゆえに関係ないことだ。 ハシゴを上ぼり終わり道具屋のところを右に曲がる。 しばらく進むと大枝からぶら下がった家が見えてきた。 そこがレイルの家だった。

「ここです」 「レイルの家もぶら下がっているのね」 「ええ、そうですね・・・ミンツ大学のマゼットさんの家は違いますけど」

そんなことを話していると玄関から人の顔が覗いている。

「どうしたレイル、もう旅は終わりか?」 「道具の確保に寄っただけだよ、兄さん・・・?」

駆け寄って目の前で手を振って見る。 反応なし。

「兄さん。おーい」 「レイル、後ろの人は彼女か。やるなぁ、オマエ」 「ち、違うって」 「それじゃぁ、なんなんだよ」 「旅の仲間」 「あんですとーっ!!」 「うわ、いきなり叫ばないでよ」 「もう仲間出来たのか、良かったな」

相変わらず掴めそうで掴めない人だ、レイルは思う。 事態を飲み込めていないウィル。 ずっとレイルの後ろでこの変わったやりとりを見ているだけだった。

「えっと、水晶霊の河で会った『ウィル』。休もうと思った洞窟で会ったんだ」 「そうか、ウィルさんか」 「ウィルで良いよ・・・えっと」 「ケイって言うんだよ」 「ありがと、レイル」 「呼び捨て・・・かなりの仲か」

その言葉に顔を赤くする二人。

「まぁ、そう恥ずかしがるな。それに冗談だ」 「変わった兄さんね」 「いや、いつもこんな感じですよ」 「こんなところで話すのもなんだから中入ろう。ウィルもどうぞ」

レイルの家は外から見るより大きい、これもモルルの家屋の特徴とも言える。 居間の窓から外を長めながらウィルが言った。

「かなり良い景色ね。村の半分くらいは見えるんだぁ」 「それくらいしか見るものは無いがね」

感動したようなウィルの言葉に無感動にケイが返す。

「そういう言い方は無いよ」

いくらか自信無さそうにレイルが言う。

「それに兄さんの作っているものもすごいじゃない」

「あれはここ、モルルの流れに反するものだ。とてもじゃないが誉められた品ではない」

さっきとすごいギャップ、とウィルはつぶやいた。

「それでもすごいのは変わらないよ。僕には真似できない」 「俺にはオマエのような晶霊術は出来ないがな」

まるで正反対の兄弟。 一人っ子のわたしにはわからない感覚ね。 小さくウィルは呟いた。

「まぁ、そんな逆行するかもしれないものをいくつか渡そう」 「また何か作ったんだ」 「ああ、大したもんじゃないがな」

そう言って隣の部屋に二人を連れていった。

「精神力を回復させる指輪に大晶霊を捕獲できるかも知れない道具だ」

「精神力回復はすごいけど大晶霊を捕獲するってパラソルでも作ったの、兄さん」

「メンタルリングの代用品だ。ついでに大晶霊を捕獲する道具もパラソルの模造品、名前はアンブレラだ」 「まさにそのままね」

「ま、とりあえず持ってけ。メンタルプラチナは5,6個作ってあるからウィルも持っていくと良い」 「ありがと」

「それから俺製のクレーメルケージだ。多少、武骨かも知れないが強度と実用性はそこらのものとは違う。アンブレラだけではどうにもならないからな。こいつはレイル、オマエのだ」 「ありがとう、助かるよ」 「どうせ暇つぶしで作った代物だ。アンブレラなんざ試験版なんだからな」 「うわ、とんでもないものをまた人に・・・」 「安心しろ、死んだり怪我するほどヤワな構造ではない」 「ケイ、質問なんだけどこれくらいでモルルの流れに反するものなの?」

「確かにこの程度だと普通の装備で反する物では無いだろう。本当に反するのはこれから見せるものだ」

指さした方向には巨大な装置があった。 クレーメルケイジが数個直結されて机の上にある。 机の上には板状のものが立ててあり水が表面を流れている。 その板の手前にはボタンが無数に並んでいて文字が刻んであった。

「これ、何?」

「クレーメルコンピュータ。晶霊の力を利用して計算する装置だ。計算速度がなかなかで未来のことがある程度ならわかる」 「もうそこまで進んだんだ」

「オマエのいない間にいろいろと面白い発見があってな。ウンディーネでも捕獲してきたらかなりの速度向上しそうだ」 「兄さん、大晶霊をそんな用途に使わないでよ」 「冗談だ。さすがにそれはやらない」 「あのさ、こんなの貰ったんだけど」

そういって例の石を見せる。

「不思議な石だな。何か違う・・・。ところで貰ったらしいが誰からだ?」 「ウンディーネから」 「何、大晶霊がくれただとっ!?」 「そんな興奮しないで少しは落ち着いたら」

ウィルの言葉もきかずレイルを質問責めにし始めた。

「いつ貰ったんだ。いやその前にどうやって貰ったんだ。しかしこれは天然のものではないな。解析する必要性がありそうだ」 「えっと」

怒涛の質問の嵐にどうすることも出来ず立っていることしか出来ないレイル。 それを手助けできることなく見ているだけのウィル。 この状態が数十分続いた。

「そうか。だいたいのことはわかった。早速だが分析したい」 「壊さないでよ」 「壊さずに分析するのが俺だ。そしてこいつだ」

クレーメルコンピュータの上に手を乗せながら言った。

レイルから渡された石を円筒状のケースに置いてクレーメルコンピュータを起動させた。 水の流れに文字が浮かび上がる。

「どうせ時間かかるだろう。茶でも飲もう」

しばらく画面を眺めた後振り返り言った。

「見て無くて良いの?」

「放って置いて大丈夫のように作っている。それにこんな話をしても女性にはつまらないだろう」

また居間に戻る。

「とりあえず、俺のいれた茶でも飲んでくれ」

テーブルの上には紅茶の他に何故かクッキーまで置いてある。 レイルの横にケイが、二人の正面にウィルが座っている。

「もしかして、これケイが作ったの?」 「ああ、普段料理はレイルに任せっぱなしだがな」 「兄さん、上手なのに作らないんだよ」 「そうなんだ。レイル、敬語はやめたの?」 「あ、えっと」 「やめちゃって良いよ、そっちの方が気楽でしょ?」 「そうだね、そうするよ」 「おお、熱いねぇ」

静かに飲みながらケイがぼそっと言う。

「なっ」 「どうしたんだレイル。俺は紅茶が熱いと言っただけだが」 「はかられた」 「オマエが未熟なだけだ。こんな奴だがよろしく頼む、ウィル」 「こっちが助けられてるから何とも言えないわね」

その日はレイルの家にウィルは泊まることになった。 空き部屋が一つありそこにウィルが寝ることになっている。 さすがに男のいる部屋に寝かすほど配慮が欠けているわけではないらしい。 レイルの場合は洞窟で何度か寝ていたが。 夕食-これはレイルの特製-を食べ終えまた雑談。

「インフェリアは賑やかすぎて馴染めないけどここは良いわね」 「逆に静かすぎるってことはないのか?」 「まさか。モルルが性に合っているだけよ」

この二人、意外と相性良いかも知れない。 そうでないと困るけど。

レイルがそう考えている間に二人の話はウンディーネとの戦った話に変わっていた。

「戦っている最中にレイルがエクスプロード使ったの」 「なにっ、本当か、レイル」 「使ったけどそれがどうかした?」

「あれ、かなり高度な晶霊術だろ。いつの間に覚えた?俺とやっていた時は結構な率で失敗していただろう?」 「なんかよくわからないけど必死に唱えたら出来た」 「土壇場で変な技使うな。そもそも水晶霊の河だろうが」 「う」

確かに直径十数メートルの爆発でその分だけ草が焼けていた。

「ま、そんな気にすることでも無いか・・・」

そこで会話が途切れた。 ケイは席を立つとクレーメルコンピュータのある部屋に消えた。 しばらくして戻ってくると

「と、あの物体の分析が終わった」

と言った。

「結構時間かかったんだ」

レイルが言う。

「なかなかまともな結果がでないので方法を変えてやり直していた」 「で、結果はどうなったの?」

ウィルがたずねる。 ケイの手には文字が印刷された紙が数枚ほどあった。 その紙をのぞき込む二人。

「何、これ?」 「見ての通り、解析結果だ」 「何処かで見た晶霊の配列・・・」

「この世界には晶霊の純粋な結晶が存在するそうだ。生き物の精神力により形を変えるらしい。他にも晶霊に干渉できるとの話もある。何処かにそんな記述の文献があるらしいが何処にあったはずだが・・・少なくともうちには無い」 「それがこれなのかな」

実感わかない、それが本音だった。

形を変えたのは確かだけど本当にそれが自分の力による物なのかがレイルにはわからなかった。

「恐らくそうだろう、さらに大晶霊からもらったのだから確実性は高い。大晶霊の身体も似たようなものだと推測される」 「なんかすごいもの貰っちゃったね、レイル」 「そうかも知れない」 「ま、もっとも推測の域を出ない話だ。本当のことは後にわかるさ」

他愛のない話をした後は各自ばらばらに風呂に入りベッドに潜った。 もちろん、最初にウィルが入ったが。

「兄さん、お風呂空いたよ」 「了解」

軽く互いの右手をぶつけて交代する。 天井にある晶霊灯にカバーをすると部屋は暗やみに包まれた。 外から入る星の光と虫の音色だけだ。 仰向けになり横を見る。 黒い木々が見えた。

「懐かしい・・・。たった数日の間だったのになぁ」

ちょうどレイルの寝た頃にケイが戻ってきた。

「寝るのがはやいな。さてと俺も寝るか」

ケイはベッドに潜り込むとあっという間に寝てしまった。

「・・・」

ウィルは両腕で眼を覆いながらベッドの上に寝ていた。 インフェリアとは違う光。 人の作り出した光とは違う光でここは支えられている。 上にはただ天井が広がっているだけで何もない。

「まだ見た事無い景色、かな」

それぞれの想いを秘めて夜は過ぎていった。

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