Feathery Instrument

Fine Lagusaz

第十二章「終わる旅始まる旅」

「潮風が気持ち良いな」 「そうだねぇ。モルルにずっといたから新鮮だよ」 甲板でレイルとケイが潮風に吹かれながら話していた。

二人にとって船どころか海でさえ初めての経験であり新鮮という言葉で表すには足りないくらいである。 本で読んでイメージができていたのでなおさらだ。

–今から時溯ること二時間半 –王都インフェリア、インフェリア城 広い会議室にロエンとレイルたちが向き合っていた。 ロエンは難しい顔をしている。 「協力してくれるのか?」 「僕らは全員協力するよ」 レイルの答えに少し驚いた顔をして 「ありがとう」 と言った。 王国発行の乗船パスや必要装備一式を受け取り船に乗り込んだのだった。 船乗り場までロエンは見送りに来ていた。 アレンデ姫は城に待機していた。 あんなことがあったこともあり警戒しているのだ。 海鳥が飛び交い空で白く光を反射している。 「俺は俺で調べる。定期的に通信してくれ」 と強い日射しに目を細目ながらロエン。 「うん、ちゃんとするよ」 「機械なら俺に任せておけって」 「アレンデ姫のことしっかり守ってあげてね」 「・・・・暑い・・・・」 「そろそろ船が出るようですよ」 ばらばらにしゃべり出すのをフィールが止めるように言った。 不思議と落ち着きのある声だ。 船が桟橋を離れ始めた。 「気をつけてな」 「そっちもな、ロエン」 「ああ、わかっている」 最後は笑顔で互いの姿が見えなくなるまで手を降り続けていた。

そして現在に至る。 「やっと見つけた。そこにいたの?」 二人に声をかけながら階段を昇ってくるウィル。 潮風に長い髪をなびかせて来る。 右手で髪を直す仕草は自然に見える。 「だいたい肌が白いんだから一気に焼けちゃうよ」 「あー、俺はここで調べたいことがあるから。レイルは戻れよ」 「そうするよ」 「ケイも早めに戻ってね」 「わかってるって」 今来た階段を下り二人が見えなくなるとケイは空を仰いだ。 「それにしても・・・あの二人はどうなるんやら」 クレーメルコンピュータを日にかざすときらきらと輝いた。 「どれ、晶霊分布でも計測してみますか」 アンテナを広げながらもう一度空を仰ぐのだった。 船室-一等客室-に戻るとタナトスとフィールが本を読んでいる。 両方とも分厚そうで難しそうな本だ。 「うわ、入りがたい雰囲気を持ってるわね」 無言でうなずくレイル。 「・・・・ケイは?」 二人に気づき顔を上げタナトスがたずねる。 「なんかやりたいことがあるんだって」 「・・・そうか・・・。・・・・おもしろい記述がある・・・・」 「なに?」 本好きが多いのね、このパーティは。 何をするのかウィルが悩んでいるとフィールが手を招いてきた。 「ウィルさんは何か本を読まないのですか?」 「あまり読まないわね」 「そうなのですか・・・・」 「あっ」 ウィルの声に驚き全員が振り向く。 「どうかしたの、ウィル?」 「自己紹介まだなんだろ」 タイミング良くケイが戻って来た。 「ま、確かにまだだな」 「では自己紹介としましょうか」 「・・・・そうだな・・・・最初は」 「僕がやるよ」 テーブルを囲んでしゃべり始めた。 「レイル・ウィンド、14歳。モルル出身の自己流晶霊術士・・・・・えっと」 言葉がつまり言葉が途切れる。 「趣味とか適当に」 ウィルにフォローされて再開する。 「趣味は読書と森で何か探すこと。こんなところかな」

「次は俺か。ケイ・ウィンド、レイルの兄だ。年は17、晶霊技師もどきをやっている。趣味はあれとかこれとかだな」 「質問」 ウィルが右手を挙げた。 びしっと指さすケイ。 「なんだね」 「あれとかこれとかって何?」 「もちろん秘密だ。とはいえ見ればわかるだろ」 「なんとなくね」 そのまま流れてフィールが立ち上がった。

「フィール・クローブです。フィールとお呼びください。16歳です。つい数カ月前まではセイファート教会にいましたが今はわけがあって離れています。あのとき・・・助けてくれたことは本当に感謝しています」 年齢の割には落ち着いているな、とケイは素直に感心した。 「当たり前のことしていただけだし」 レイルはあっさりと返した。 「そのためにレイルさんは四日も眠り続けてしまったのですよ」 「僕はそんなこと気にしていないしフィールさんが助けてくれたんだから」 フィールは何か想うような顔をした後、微笑んだ。 部屋が重い空気になりつつあるなかタナトスが始める。 「タナトス・カノン・・・・16だ。・・・・趣味は晶霊関連の本を読むこと・・・・」 「質問良いか?」 ケイが先のウィルよろしく手をあげる。 「・・・・ああ」 「晶霊関連の本ってどんなのだ?」 「メルニクス時代の本・・・・ほぼ復元されたものだが・・・・」 目を輝かすケイ。 「ああ、読んでみたいっ」 「僕も読んだけどおもしろかったよ」 ここにあるよ、という風にタナトスは本を取り出す。 「なにぃ。ぅぅ、兄さんは悲しいぞ?」 「なぜ疑問形なのでしょうか?」 フィールの声もタナトスの行動も見えていないらしい。 これはダメね、と言わんばかりにウィルが自己紹介を始める。 「ウィル・エア、17才。趣味は旅をすること、かな」 暴走するケイが原因なのか早々に切り上げてしまった。 タナトスがケイに本を渡すとケイは大喜びして静かになる。 「うわー、すごいなー」 こうなるとやっぱり子供なんだね、兄さん。 そういうところが良くわからない人に映るんだよ。 貪るように読み続けるケイを眺めながらレイルは呟いていた…

昼食時になり食堂へ。 ケイは名残惜しそうに本を見ていたがため息と共に閉じた。

読みたいなら読んでおいたら、というウィルの言葉に「昼飯は食う。人として」と返していた。 「ほう、なかなか広いところだな」 食堂の扉をあけるとさまざまな料理の良い匂いが広がっている。 空きっ腹には応えるかもしれない。 「何度か乗ったことがありますが広いですね」 「フィールさんは乗ったことがあるの?」 「ええ」 三人から一歩下がってレイルとタナトスが入って来た。 「・・・・苦手だ・・・・」 「何が?」 少し楽しみにしていたレイルはタナトスの顔を見てしまう。 「空気が・・・・だ」 「僕はそう感じないけど」 「・・・・わからない・・・・けど・・・・俺は・・・・」 奥の方に三人は先に座ってしまいこちらを手招いている。 「席はここだ。レイル、はやくしろよ」 「うん、わかったよ」 そしてタナトスの方に向き直りたずねた。 「大丈夫か?」 「ああ・・・・行こう・・・・」

「あー、久しぶりに食ったなー」 「兄さんは食べ過ぎ」 ベッドに倒れ込まず本に手を伸ばす当たりがケイらしい。 「なかなかでした」 「そうね」 会話に参加せずタナトスは扉のそばに立っている。 何も言わず扉の向こうへ静かに姿を消した。 横目でレイルはその姿を見たが気にも止めなかった。

「・・・・」 風に黒い髪がゆれる。 冷たい瞳が海と空にぼんやりと染まっている。 ほお杖をつきながら空と海を見ているが彼の瞳は何も捕らえていない。 俺は・・・・変えられるのか・・・・この世界を・・・・。 『変わらないなら・・・・中から変える・・・・それだけだ』 答えは・・・・存在しない・・・・。 でも・・・・俺は・・・・あの人たちと・・・・。 「こんなところにいたのですね」 波に揺れる甲板でふらふらと危なっかしい足取りでフィールがきた。 銀色の髪は風になびかれながらきらきらしている。 「・・・・」 「考え事ですね」 「・・・・ああ」 フィールを一瞬だけ見て海へ視点を戻してしまう。 「あなたはとても寂しい人です・・・・」 「・・・・」 フィールは反応のないタナトスの横顔から海を見た。 「綺麗な海ですね」 見渡す限りの青、邪魔をする物は何もない。 「・・・・波の音は・・・・落ち着く・・・・」 「わたしもそう感じます」 「・・・・とても・・・・懐かしい」 「それは人の記憶です。きっと遥か昔の・・・・」 「・・・・そう・・・・なのか・・・・」 「あなたには何の音に聞こえるのですか?」 「・・・・鼓動・・・・」 「鼓動、ですか?」 「・・・・人の心臓の・・・・鼓動だ・・・・」 「そうですか。それは懐かしい音でしょう」 「ああ・・・・今は聞こえない・・・・」 言葉にあった意味がわかります。 あなたは悲しく寂しい人なのですね。 その後は何も言葉を交わさずただ二人は風に吹かれた。

窓から差す光は青く光の届く海底のように部屋を照らしていた。 レイル、ケイ、タナトスとウィル、フィールは当然ながら別部屋だ。 静かに寝息を発てている二人を起こさないようにレイルは外へ抜け出した。 眠れないのだ。 がちゃっと隣も同じ音がした。 横を見るとウィルがいた。 「どうしたのよ?」 「眠れなくってね。ちょっと風に吹かれて来ようかなって」 「わたしもそうなんだ。一緒に・・・行こうか」 昼間と違い太陽の光はなく闇と星の光だけが支配する海。 幻想的な光景に二人は見取れてしまう。 羽織った上着がぱたぱたと鳴った。 「星が綺麗ね」 「本当だ」 二人で空を見上げいった。 「また旅を始めるのかな」 「わたしの旅はレイルとあった時・・・・ううん、インフェリアで終わったの」 ウィルは空を眺めてしゃべり続けた。 「そして新しい旅が始まるの」 「うん」 二人はずっと空を眺めていた。 「夜空に星が瞬くように・・・ 僕らに未来がありますように・・」 「何、それ?」 「僕らとタナトスが最初にであった夜に思った言葉。今もそう思う」 「未来がありますように、か。あると・・・・いいわね」 その言葉にウィルを見るとすぐ近くに顔がある。 一瞬、どきっとした。 そして自然に顔を近づけ、唇を重ねた。 二人で顔を赤らめながらまた星空を仰いだ。 天に広がる星は降ってきそうなほど輝き瞬いていた。

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