Feathery Instrument

Fine Lagusaz

第一章「はじまり」

ある日を境にインフェリアとセレスティアは別の世界になった。

オルバース界面、セイファートリング、今まで空にあって当然だったものも今はない。 少年は世界を救った「彼ら」の話を聞く。 そしてその「お伽話」は少年を旅に出る決心をさせた。

「おいおい、本当に行くのかよ?」 小さな荷物を背負った小さな少年を呼びかける声。 少年をよく知った人間、少年の兄だった。 「・・・大丈夫だよ、兄さん」

「何度も引き留めようとしても無駄だったからな。ケガとかするなよ。オマエ、体弱いんだから」 「薬草も晶霊術もあるから」 「そういう意味じゃねぇよ」 「うん。そろそろ行くから」 少し兄はうつむいた後、笑顔で少年を見た。 「そっか、気をつけてな。必ず、帰って来いよ」 「うん。じゃぁ」 手を上げて振り返った弟の顔を見ながら兄は不安を覚えた。 『いや、帰って来るさ』

しばらく歩いたところで少しだけ木陰で休憩することにした。 少年の名はレイルという。 人通りのほとんどない道で地図を広げてみる。 何処? モルルを出ていきなり道に迷うとは・・・。 少年が迷うのも仕方がない。

ふだんは当然、モルルの中で暮らし村の外に出ることはほとんど無かったのだから。 地図を逆さにしても振ってみても現在位置が分かる訳でもない。 こんな時は地図だけじゃなくてまわりも見て判断しなきゃ。 えっと、となるとここはこうだから。

ちょうど水の大晶霊、ウンディーネがいるとされる「水晶霊の河」と死者の魂が漂う「いざないの密林」へのわかれるところにいるらしい。 どうしようか。 モルルは自然と共生して成り立っている村。 木々にかかせないのは水と太陽の光、水の晶霊を司る大晶霊に会いたい。 レイルの目的地は水晶霊の河となった。 水晶霊の河に近づくにつれて水の音が身体を包むような気がして来る。 心安らぐ音と不安を呼ぶ薄暗い森の二つに囲まれ不思議な気分。 言葉で言い表せないような・・・。 気が付くと空は赤く染まり日は傾いていた。 「キャンプ、しないと」 テントを張るに良さそうな場所を探していると開けた場所に出た。 ここならテント張れるかな。 荷物を地面に降ろし一息つこうとして凍りついた。 何かが僕を見ている。 人の気配じゃない。 この気配はモンスターだ。 全然、現れないと思ったらこの時を狙っていたのかもしれない。 木々の間から光る目が無数。 光っているというよりぎらついていた、と表現するのが的確だった。 あわてて詠唱し始める。 間に合え、間に合え。 背中を風が切った。 ひゅっ 鋭利な爪を音からイメージした。 気が付くとあたりは暗闇に包まれていた。 姿の見えない恐怖。 死にたくない。 ある程度は予想していたが簡単に死ねる訳がない。 僕はもっと世界を見たい。 広い世界を知りたい。 知りたい。 必死に詠唱した。 何度も詠唱した。 目の前が真っ白になるまで詠唱し続けた。 見えない敵。 それでも僕は・・・ 真っ白になった世界が少しずつ色を取り戻し始めた。 暗闇の黒じゃない、空の濃い青、星の淡く白い輝き。 そして木の棒を叫びながら振り回していた。

まわりに何もなくなったことがわかると緊張の糸が切れてそのまま座り込んでしまった。 「あははははは・・・はは・・う、うぅぁぅぅ・・・」 笑い声が泣き声に変わる。 独りで戦うことの恐怖。 闇の恐怖。 死の恐怖。 すべてが一緒に心の中で渦巻き、増殖していった。

切り傷だらけの身体でなんとかテントを張った。 晶霊灯の明かりが照らす傷は痛々しい。 薬草をしぼり水に溶かし混むと一気に飲み干した。 そのまま倒れる。 横になると一日の疲れが一気に襲ってくる。 「・・・始まり、か?」 少年は呟き深い眠りの水底へ沈んでいった。

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