#author("2020-04-05T21:11:29+09:00","default:sesuna","sesuna") [[DAYS]] 「潜れるわよ」 と潜れるのか、と問うたら即答された。 君の中に潜ってみたい、と言ったら、できるわよ、と即答された。 「身長差」 今、目の前にいる彼女は自分よりも頭一つ分小さい。 とてもではないが潜れるとは思えない。 「私の種族を忘れてないかしら?」 「そういうもんか」 拍子抜けした。 しかし、どうすればいいのか、と思案していると、 「今すぐ、やってみる?」 といたずらっぽい笑みで彼女はいった。 すぐにできるものなのか……。 「それともやらないの?」 「いや、やる。どんなものか知りたい」 彼女の前に一歩出る。 「……あれ? どうすればいいんだ?」 かなり間の抜けたことをいう僕を見て、彼女は微かに笑い、 「目を閉じて、力を抜いて、それから深呼吸」 言われた通りの動作を行う。 「行くわよ。息を、止めて」 止めるっていつまでだろう? 間抜けな疑問は水の中に落ちる音に消し飛ばされた。 疑問は水の中に落ちる音に消し飛ばされた。 全身を液体が包む。 流れに翻弄され、体が上下にまわる。 足や腕は流れに振り回されて、ばたばたと動かすことしかできない。 「もう、いいわよ」 流れが落ち着くと彼女の声が聞こえた。 水の中で息をできるわけが、と口を開いてしまった。 水が口の中に流れ込む。 窒息すると思った。 が、それはしなかった。 息ができる。 「慣れた?」 声のしたほうを、上を見るとカシスが浮いていた。 服の裾が見えない波の動きに合わせて揺れている。 まるでクラゲのようだった。 「これが、私の中、よ」 白いベールのような液体だ。 温度は熱くもないし冷たくもない。 温いとも違う。 身体の境界がわからなくなるような温度。 腕を使ってかき回してもみるが、感覚は水と変わらない。 おれが試している様子を彼女は微笑みながら眺めていた。 「ここはなんていうんだ?」 「内なる海、といったところかしら」 特にこれといった名前があるわけではないようだった。 上を見れば白い光が揺らめいている。 下を見ると底の見えない黒色が広がっていた。 ただ、目を凝らすと黒色の中に星が見えた。 「星空か?」 「ではないけれど」 「含みのある言い方だな」 「全部、言ったら面白くないでしょう?」 「まぁ、うん」 一理ある、と頷く。 妙なタイミングで着衣水泳になってしまった、と思う。 「プールにいく手間が省けた」 「私はプールではないわよ」 「なあ」 「何かしら?」 「ものすごく、眠い」 「そう。なら、眠るといいわ」 「目覚ましも頼む」 「注文が多いヒトね」 さすがに頼みすぎただろうか、とまどろみながら思っていると、 「いいわ。いつもの時間に起こしてあげる。それまで、おやすみなさい」 「おや、す」 おやすみの挨拶もそこそこに俺の意識は眠りの底へと、彼女の底へと沈んでいった。