DAYS

その日、転入生がやってきた。
転校生を紹介するとは担任の荻の言葉だが、正確には転入生である。
転入生の名前は坂下カシスという。
ずいぶんと変わった名だな、と黒板に書かれた文字を見て思った。
容姿は美少女という言葉がよく似合う。
特徴的なのは色の数の少なさだ。
俺の語彙が乏しいのか、物事を見る目がないだけかもしれない。
一言で表すなら白だった。
髪は銀とも白ともいえる色、目はグレー、肌も陶磁器のように白い。
人間離れした美がそこにはあった。
男子は俺を含めて彼女のつま先から頭のてっぺんまで見たに違いない。
違いなかったのだ。
転入してからクラスになじむにはさほど時間がかからなかったようだ。
休み時間は数人の友達と雑談に花を咲かせたりしている。
男女に関係なく話をするし、困っている人がいれば助けに入る。
やや、辛らつな物言いをするがそれも愛嬌のようにみなの目には映るらしい。
当の俺はというと彼女と話すことはほとんどなかった。
機会がなかったからだ。
そして、話す機会は唐突にやってきた。
本屋で小説を探しているときに声をかけられたのだ。
「何かお探しでしょうか」
いつものように断ろうとして、店員の顔を見て、やめた。
坂下だ。
クラスメイトの。
「奇遇ね」
「バイト、禁止されてなかったっけ」
「許可なくアルバイトすることが禁じられているだけよ。許可をもらえば大丈夫」
「ふむ」
許可をもらってまでバイトをする必要性があるのだな、と考えつつ、本棚に目をやる。
「推理小説が好きなの?」
「最初から読む程度には」
俺の言葉に坂下はくすっと笑った。
手を口元にあてるしぐさは育ちのよさを感じさせた。
「何かおすすめの本は?」
「推理小説で、かしら」
「いや、坂下さんの好みで」
「なら、あれを」
指差したのはSFの棚に掲げてあるポップだった。
FSとの壮絶な戦いを描く、という文字が目に飛び込んできた。
意外と過激な内容が好みらしい。
しかし、戦争モノを女の子から進められるとは思っていなかった。
人は見かけによらないというが、本当に見た目によらないようだ。
「ありがとう、買ってみる。バイト頑張ってな」
「ありがとう」
FSはこの惑星にかつていた生物だ。
この惑星に移民する際、大きな戦いになり、人類に滅ぼされた。
その生態は多くの謎に包まれている。
わかっている中で大きな特徴は模倣する力を持つことだ。
精密なコピーはできないが、大砲を作り出したりしたという。
ただ、人間やアンドロイドの模倣はできなかったようだ。
最終的にはテラフォーミングの環境変化に耐え切れずにこの惑星から姿を消した。
それが現実であるが、フィクションの世界だと話が変わる。
姿かたちを変えて模倣する能力は、話を進める上で便利な道具なのだ。
事件の背景にFSが絡んでいる物語は多い。
ただ、直接、扱っている物語は少ない。
薦められた本はその少ないほうの物語だ。
史実寄りのようだが、帯には誰も知らない衝撃のラストと書かれている。
となると現実とは異なる展開のようで興味が出てきた。
手に取ると俺はレジに向かった。
戦記ものと呼ぶのが正しいのだろう。
内容も教科書などに書かれているものに沿っている。
教科書と違うのはミクロな視点で描かれていることだ。
主人公の視点を通すとミクロ特有の重みが、生々しさが感じられた。
移民船にFSの生き残りとの決戦で戦いは終わる。
ここまでは教科書どおりだ。
違ったのはFSが生き延びていることだ。
それも人の姿になって生きている。
FSが完成した軌道エレベータを無言で見上げるシーンで物語は終わった。
衝撃のラストというほどではないな、と本を閉じる。
FSが生きているのではないか、なんて噂はよく聞く。
主人公のアンドロイドはどう思うだろうか。
FSが生き延びていて、人の世に溶け込んでいるのを知ったら。
武器をとって戦うのか、戦ったことを詫びるのか、それとも対話を望むのか。
まるで霧の中に放り込まれたかのようだ。
壁掛け時計を見るともう寝るにいい時間だった。