彼の調子はどうだい、という問いにそれは「問題ない」と応えた。
それがいつの日からか、「問題ない。あなたの調子はどうだ」と問うようになった。
コミュニケーションの基本を心得つつあるように思った。
この時から彼はそれに感情を与えなかったのを悔やみ始めた。
その感情は彼の精神を少しずつ、削っていった。
周囲のスタッフは彼に休養を取るように勧め、彼は静かにそれに従い自宅で休むことにした。
自宅の周囲は彼の研究も一切、忘れられるほど自然が豊かだった。
文字通り、晴耕雨読の生活を繰り返すうちに彼の精神は徐々に回復していった。
朝から雨降りで、午後から晴れる予報の日だった。
彼は早い昼食を済ませ、本を読みながら転た寝をしていた。
畳の上は軽く横になるにはちょうど良い。
呼び鈴がなり、彼は身体をゆっくりと起こした。
サンダルを履き、扉を開けると、
「松原孝司か?」
と呼び鈴を鳴らした主が問うてきた。
見れば少女だった。
だが、声には聞き覚えがあった。
「エリス、か」
「そうだ」
彼女の返事に彼は戸惑った。
「私を責めに来たのか?」
「違う。あなたの誤解を解きに来た」
「……とりあえず、お上がりなさい」
「心遣い感謝する」
松原がお茶を淹れている間に雨は止み、雲の切れ間から光が差し込んできた。
彼がお茶を運んでくると、エリスは縁側で話そう、と提案した。
何処かぎこちない動きで彼はうなずき、二人は縁側に腰を下ろした。
「先は誤解を解きに来たと言っておったが……」
「そうだ。あなたは誤解している」
松原の目を真っ直ぐ見て、
「私はあなたに感謝している」
その言葉に松原は衝撃を受けた。
「感情は判断の遅延やミスを誘発する要素だ。それを排除する判断は間違っていない。シミュレーションの結果で比較すれば、E型AIよりDE型AIの方が優秀だ。役割が果たしやすい最適な設計をしてくれたことに感謝している」
「じゃが……」
「感情を共感できなくても、理解することは可能だ。問題は無い」