DAYS

瞳の中の予感【D-F-1】

 ずっと、部屋にいたら体に障るわよ、とカシスに連れられてやってきたのは神社だった。地元では痛みをとってくれたりとってくれなかったりで有名だ。今は、自然の多い公園の池に浮かぶ小島に社がある立地が大事だった。

「ここは、涼しいね」
「これで暑かったらこの世の終わりね」

 日差しに照らされ輝く緑を眺めながら彼女は笑う。

「いい場所だわ」

 吹き抜けてきた風に白髪を靡かせながら彼女はこちらを見ながら言った。吸い込まれそうな青い瞳が僕を捉える。

「うん、きてよかった、と思う」

 身体の内に籠もっていた熱が消えていくのがわかる。

「それにしてもあっという間ね」
「そうだね」

 付き合い始めて3度目の夏がきた。3か月もったら御の字だよ、とほかの人から言われたりもしたけど、喧嘩することもなく、ここまできた。なぜ、喧嘩にならないのだろう、と聞いたら、諦めと妥協が肝心なのよ、といたずらっぽい口調で言ってから、言いたいことが言える関係なら喧嘩にならないのよ、といつもの調子で言った。

「何を考えていたの?」
「ちょっと前に言われたこと」
「それだと情報が少ないわね」
「喧嘩しない秘訣」
「話したわね、そんなことも」
「うん」
「あなたは、言いたいこと言えてるかしら?」
「言ってるし、聞いてもらってる」
「そう」

 賽銭箱の手前の階段に腰を下ろした彼女が手招きするので横に腰を下ろす。ふわっと、甘い匂いが漂ってきて僕はどきどきした。それが伝わらないといいな、と思ったけど、

「少しは、慣れてもいいと思うけど」
「……がんばる」

 彼女は苦笑。がんばるものでもないらしい。落ち着いて考えてみればそうなのかも。

「今、頑張るべきは勉強でしょう。その息抜きにここに来たのだけど」

 うなずく。模試の結果はぎりぎり合格ライン。このまま何もしないとあっさり落とされかねない。

「前よりは1問にかける時間は短くなったし、順番に解く癖もなくなったと思うわ。ただ、深く考えるのは相変わらずね」
「うーん」
「書いてあることを読み解けばいいの。行間を想像するのは趣味にとっておくのよ」
「うーん……」

 言いたいことはわかる。でも、つい、考えてしまう、というか、感じ取ってしまう。感情を。

「あるいは、それを活かすのも手だと思うわ」

 受験、人と話す場面……。

「面接?」
「そう、面接」
「僕、人見知りだよ?」
「人見知りが繋がりもない相手に告白するかしら?」
「それは」
「あなたは自分が思うより肝が据わっているのよ。相手がよく見えることに戸惑っているだけで」

 あらかじめ書いておいたセリフを読み上げるように彼女は言った。いつの間にか石畳を見ていた目を横に向けると、青い瞳がすぐそばにあって、僕は動きを止める。

「長所と短所は裏表、使い方を覚えたら強力な武器になるわ」

 一息ついて、

「私があなたの隣にいるのが何よりの、証拠よ」

 青い瞳がすっと、視界から消える。彼女が顔をそむけたから。頬を赤く染めて。