帰還後、誠司、シアー、プリステラ、エリスでデブリーフィングが開かれる。実際に部屋にいるのは誠司とシアーの二人、残り二人は遠隔からの参加だ。四人は映像記録と船体に付着していた墨状の粘液の分析結果を見て、攻撃ではない、と結論付けた。
「では、彼はどうしてあのような行動をしたのだろう?」
『照れちゃった、とか』
『シアーと話すことがか?』
『人の異性と話すのが初めてだから』
なるほどな、と誠司は心の中で呟いて、
「やらんぞ」
真面目な表情のまま、小さな声だがはっきりと告げる。横で聞いていたシアーが、
「本心と建前が逆になっているよ、誠司」
苦笑いしながらやんわりと指摘する。頬が赤くなっているのはまんざらでもないからだろうか。
「この話は横において、照れ隠しだとするなら、慣れてもらうしかないな」
『逃げたときの対応は?』
「その時は追いかけない。次の機会を狙いますよ」
●
プリステラとともにサプライコンテナの近くで待機していると、ロミオとブルースノーがやってきた。最初はブルースノーをロミオが抱きかかえて離さなかったが、今はそれぞれ距離を保って行動している。今ではブルースノーは単独行動可能な高性能潜水艇にアップグレードされている。
「ブルースノーから通信です」
「応じよう」
ディープブルーの言葉に船長である誠司は即答する。
『この前は、ごめん』
少年の声が聞こえる。誠司は自身のマイクをオフにすると、シアーにマイクをオンにするよう促した。
「いきなりは、びっくりするよね」
「……」
シアーはロミオに調子をあわせて、
「わたしも、びっくりするかな、きっと」
『……ありが、とう』
「改めて、自己紹介してもいいかな?」
『……うん』
「わたしは、シアー。本名は別にあるけど、こっちのほうが好きだから、この名前にしてる」
『――僕には、名前がない。……わからない』
「わからないなら、自分でつけてもいいんだよ」
『……シアーみたいに?』
「うん」
数秒の沈黙の後、
『考えて、みる』
「うん。楽しいよ」
ロミオはブルースノーがコンテナの回収するのを確かめて、
『それじゃ、また』
「うん、またね」
●
3回目、潜ることに違いはないが今回は向こうから日時の指定があった。これは大きな違いだ。
「いい名前が決まったのかな」
「それで早く教えたい、と言ったところか」
「楽しみだね」
シアーの言葉に誠司は頷く。母船と十分な距離がとれれたことを確認、動力潜航開始。
「初回は命がけだった。随分と遠くまで来たものだ」
「むしろ、近づいたんじゃないかな」
「距離は近づいたんだが、状況を比較すると遠くだ」
「理屈っぽいなぁ」
「これでも精一杯、干渉に浸っているつもりだが」
思い出話に話を咲かせている間に指定されたポイントに到達した。
「二人とも正面にいるよ、誠司」
船外カメラは暗闇を捉えているが、ソナーはブルースノーとロミオの姿を捉えていた。
「ブルースノーに通信」
『待ってましたよ。結構、うずうずしてたようで』
返事をしたのはブルースノーだ。すっかり保護者役が板についてきた。誠司がロミオに変わるよう促すと、すぐにロミオが出た。
『来てくれて、ありがとう』
「呼んでくれてありがとう」
すぐにシアーが返す。最初に遭遇した時の張り詰めた感じも、1回目や2回目のぎこちなさも感じない。穏やかなものだ、と誠司は内心で感嘆する。
「名前、決まったの?」
『うん、決めた。ブルースノーとも相談して』
一拍置いて彼は新しい名を告げる。
『アオ、それが僕の名前だ』
「いい名前だね、アオ」
アオはその場でぐるりと回って喜びを全身で表す。彼の、新しい人生のはじまりだ。