木々の間を大粒の雨が通り抜けて降り注ぐ。
水嵩が増した小川を飛び越え、ペオズは先を急いでいた。
今回のクエストはダガンの殲滅だ。
手にしたロッドにはフォイエなどの火属性テクニックがセットされている。
遭遇したそばから焼き払っているが必要数にはなかなか到達しない。
アークスに支給されている装備は過酷な環境での戦闘から身を守ってくれるが、
「これは、疲れる」
思っていたよりも疲労の色が強く、それは声に滲み出ていた。
一度、帰還すべきだ、とペオズが判断した瞬間に通信が入った。
しかし、それを確認する余裕はなかった。
オペレーターが内容を伝えるよりも早く敵が現れたのだ。
「ロックベアか」
現れた巨大な熊というよりは猿に近いそれを視界に捉えてペオズは呟き、ロッドを構えながら回り込むように移動を開始した。
図体は大きく一撃が重たいが動きは遅い。
冷静に動きを捉えれば対処はできる。
「感じるんだ、フォトンの風を……ってあれ、違う?」
声とともに人影がロックベアに正面から突撃していた。
噴煙を見てペオズはロデオドライブを使ったのだ、と判断する。
何処の誰だか知らないが援軍が来たようだ。
人影が通り抜けたのを確認しながらチャージしたフォイエを叩き込む。
「ウィークバレット使うよ」
「了解」
放たれたフォトンの弾丸はロックベアの頭に命中した。
どんな生物でも脳のある部位は丈夫に作られているが、そこに脆弱化弾を打ち込まれてはひとたまりもないだろう。
敵は激昂したのか共闘中のアークスに身体を向け拳を放つ。
それをひらりとかわして素早く、弾丸を撃ち込む。
ペオズはチャージしたフォイエを連続で叩き込みながら、ついでにまわりに出現した雑魚を焼き払う。
ダメージを受けたならレスタを、と思っていたがその必要はなさそうだった。
ロックベアを守るように飛来してきた鳥も飛び込んできた猿も姿を消した。
どうやら、加勢しても無駄だと思ったらしい。
弾丸と火球の波状攻撃がロックベアに撃ち込まれる。
それになすすべもなくロックベアは地面にその巨体を伏した。
「終わった、か」
自然と役割分担が決まり、戦闘に流れが生まれていた。
ひとりで戦っていたペオズには新鮮な体験だった。
「クエストの途中でしょ?」
と共闘していたアークスが声をかけてきた。
改めて姿を確認する。
キャストのレンジャー、女性。
「ええ、ダガンの殲滅を」
「よかったら手伝うよ」
この人なら恐らくは大丈夫だろう、とペオズはお願いした。
ロックベアを倒したことで何か流れが変わったのか、ダガンが連続で出現し、目標の討伐数をあっという間に達成してしまった。
「ありがとうございました」
「どういたしまして。ええと」
「ペオズです。助かりました」
「いい名前だね。わたしはエオ」
覚えておこう、とペオズが思っているとエオは
「うちのチームに来ない?」
と唐突に言ってきた。
いや、これは、チームメンバーを選ぶために共闘したのか、とペオズは冷静に推測する。
「いい戦いぶりだったからつい」
まるで心を見透かされたようだ、とペオズは肩の力を抜いた。
「大変申し訳ないですが、先を急いでいるので。失礼します」
一礼してペオズはテレポーターに向かって歩き出す。
数メートル歩いて少し後ろを見るとエオは、踊っていた。
何を考えているのだ、彼女は、と疑問を抱きつつペオズは足を進める。
20メートルほど離れても視線を感じる。
振り返ればエオはまだ踊っていた。
「何を考えているんですか」
「チームにどうやったら引き込めるか考えてた。楽しいよ、チーム」
「楽しいだけで成り立つものではないでしょう」
人をまとめるには責任感や判断能力、様々なものが求められる。
それなのに楽しいから、というのは心もとない。
「楽しいから一緒にいられるんだよ」
エオはいつの間にか踊るのをやめていた。
「いろんな人が集まってなんかいろいろやっている。そういうチームだから楽しいよ」
「もっと、いい謳い文句があるだろう――本当に勧誘なのか?」
苦笑の色が混じった声で、
「あまり、こうやって人を誘うことがないからよくわからないんだ」
ただ、と一呼吸おいて、柔らかい声で、
「あなたのような人がいるともっと、楽しくなる。そう思ってる」
と遠くにいるキャストは告げた。
ペオズは歩みよりながら、
「このクエストだけで誘うのは無理がある。判断材料が少なすぎる」
思っていたことを包み隠さず告げる。
絶妙なバランスから成り立っているコミュニティに新しい人間が入ってうまくいく保証は互いにない。
双方にダメージが及ぶ可能性も十分に考えられるのだ。
金とグラインダーをつぎ込めばどうにかなるようなものではない。
「そうかな。あなたはまわりを見て立ち回りが変えられる。それはきっと、戦い以外でもそう」
「なぜ、そう言える?」
「遠くにいれば近くまで来る。変だと思った相手にも対話する用意がある」
何を言っても断れそうにない、とペオズはため息を付いた。
「僕はそこまで大層な人間ではない」
「謙虚だね」
とエオは笑った。
その言葉をどう受け止めるかしばしペオズは悩み、素直に受け取ることにした。
「ありがとう」
「それにね。君のような人が必要なんだ」
憂いを含んだ声でエオは言う。
「どういうことだ?」
「チームに来てくれたら、わかると思う」
それはそうだろうが抜け出せなくなる底なし沼だ。
「質の悪い勧誘だ」
「そう、だよね。わたしもそう思う」
「なら、最初からそう言えばいい。なぜ、回りくどい言い回しをした?」
そう、最初から困っていることがあるから手を貸して欲しい、と、そう言えば良かったのだ。
「あなたがこの話に付き合ってくれるか、わからなかったから」
「わかった。チームに入ろう」
ペオズの言葉にエオの表情が再び明るくなった。
釘を差すように彼は言ってやる。
「ソロにも飽きていた。ちょうどいい」
ふふ、とエオは笑って動じることなく彼に告げた。
「ようこそ、ゴースト隊へ」