Feathery Instrument

Fine Lagusaz

1st 草原の少女

小柄な一人の少女が木陰に佇んでいた。 その肌はとても白く何処か無機的な感じがする。 少女はアンドロイドだった。 それでも少し見ただけではそのことはわからない。 優しい風に撫でられた銀色の髪がさらさらと揺れる。

この星に降り立ってから何年経つのだろう、ふと疑問に思ったがすぐにでてきた。 七年だ。

「エオ・・・今日から降下作業が始まる。忙しくなるが手伝ってくれ」

この星に降り立つ直前にフェイド・ブレイム博士の言葉だ。

ブレイムはパイオニア1の発進直前にエオを作り惑星ラグオルにつくまでの一年間で研究者として、レンジャーとして育てた。 その言葉以上に忙しくなったが充実したものでもありエオは満足していた。

フェイドは今ごろセントラルドームのラボで実験を繰り返しているに違いない。

最近は新しい発見が多く実験ばかりやっていたがそろそろ片付くと言っていた。 もうしばらくしたらゆっくりと実験以外の話ができるようになるだろう。

腕につけてある端末は空中にデータ解析などで慌ただしいラボの様子を映し出している。

自分だけ先に仕事を終わらせ外に出て来てしまったが手伝っておけば良かったと思った。

右上の別のウィンドウにはパイオニア2とのコンタクトの様子が表示されていた。 セントラルドームの上に魔法陣が浮かび上がる。

空に高くすっと伸びていく光の柱が交差する光景は見る者を酔わせそうなくらい幻想的だ。 いつもの超長距離通信と同じように“たぶん”終わるだろう。

たぶんとは何なのだろう、エオは微かな疑問を気のせいだという言葉で打ち消した。 「セントラルドーム地下に強力なエネルギー反応?」 センサーが警告を発し景色に被さる形でグラフやメッセージが表示される。

どれも異常な数値を示していてそれに詳しくない人間でも危険だとわかるだろう。 「ん、なんだこの反応は?」 フェイドも異常に気が付いたらしい。 何かの事故とは考えられないほど強力なエネルギーだ。 地下のあれが目覚めた・・・冷たい何かが背中を駆け抜ける。 セントラルドームの方を見ると近くに何か巨大な影のような物がいた。

光が屈折し形だけがわかるその異形の怪物を中心に強力なエネルギーが放たれている。 「さよなら、エオ。今までほんとうに」 フェイドとの通信が途切れ画面はノイズで埋め尽くされた。 「フェイドっ!!」 砂嵐の画面に呼びかけても反応は無い。 再びセンサーが警告を発し顔を上げると強烈な爆風が目の前まで迫っていた。 咄嗟に左手のシールドを出力最大で展開し防御姿勢をとる。 カーマが青と赤の光を放った、補助テクニックをエオにかけたのだ。 シールドに爆風が切り裂かれ後ろに流れていく。 「くっ・・・」 その爆風には人が呪い叫ぶような“感情”を含んでいた。 これは爆風なのではなく一種の精神波だ。

敏感なセンサーはその感情の一つ一つを電気信号に変換し悲鳴をあげるAIに送り続ける。 人の痛み、悲しみ・・・負の感情の塊にエオはうめいた。 普通のアンドロイドはこんなこと感じないはずなのに・・・。 『エオ、君は強い。生きてくれ』 フェイドの声が聞こえてはっとした。 何処から声がしたのか考える間もなく視界がブラックアウトする。

[防御プログラム作動:フォトンエネルギー解放…]

黒を背景に緑色のメッセージが人工の眼球に映し出される。

プログラムを停止させようとするエオの意志を無視しフォトンエネルギーがマグを経由して放出されフォトンミラージュが現れる。 ミラージュが消えると同時にエオはその活動を止めた。

―二ヵ月後、惑星ラグオル衛星軌道上  超長距離惑星間移民船『パイオニア2』

「ええっと今日の仕事は・・・っと」 ベンチに座りながら紫のヒューマーは引き受けた仕事を端末で確認した。 内容はラグ・ラッピーを五匹ほど生け捕りにするという簡単なものだ。

森エリアならそう命を落とすような危険は伴わないがその分、面白みに欠けると思う。 たまには命の駆け引き無しの仕事も良いものだろう。 適度に気を引き締めて行きますか。 「ゼ・ブ・リ・ナー」 勢いよくベンチから立ち上がったところでそのヒューマーは動きを止めた。 「そんな風に叫ぶなよっ」 「別にほんとの名前なんだから良いじゃない」 「あのな、ルーフ・・・」

ゼブリナと呼ばれたヒューマーの青年が不機嫌そうに答えたがゼブリナと叫んだフォニュエールの少女は特に応えた様子はない。 「今日の仕事は簡単なのを選んだんだ・・・これで2000メセタ?楽な仕事ねー」 「勝手に人の端末を覗くな、ったく」

いつの間にか奪われた端末をルーフから引ったくるように取り返し左腕に固定した。 「下(ラグオル)でゼロ達が待ってるからはやく行こうよ」 「はぁ・・・邪魔しないでくれよ」 「いつわたしがゼブリナの邪魔をしたのかなー」

邪魔もするが命を何度か助けられているのでどう対処すれば良いのか分からなかった。 溜息を一つ大きくつくとゼブリナは足早に転送室へ向かう。 その後ろをルーフが小走りに追いつこうとする。 それに対抗してゼブリナが速度を上げていく。 ラグオルの大地に降り立つ頃、息が少し荒くなっていた。

「よう、遅かったじゃないか」 「ああ、ちょっとばかりトラブってな」 肩で息をしながらゼブリナは赤いスーツのヒューマー『ゼロ』に答えた。 ゼロというのはギルドに登録している名前で本名ではない。

本当の名前を知っているのはほんの一部の人間だけでその一部ですら本名で彼を呼ぶことは無い。 もっともギルド名を本名にする者はそういない。 ちらっとルーフを見ると汗一つかいていなかった。 体力のあるフォニュエールは不思議に思えるな、やっぱ。 「それじゃ、また上でな」 ゼロが長刀ガエボルグを実体化させ握り締めた。 同じようにゼブリナとルーフもそれぞれの武器を手にする。 「おぅ、いつもの場所だな」 「二人とも気をつけてねー」 軽い雑談を終えると三人はそれぞれの仕事をこなすべく別れた。 「さてと・・・普段ならこの辺りにいるんだけどなぁ」 ゼブリナは地面にできた大量の染みを見ながらぼやいた。

ブーマやバーベラスウルフといった獲物以外のエネミーには遭遇しているのだが肝心のラッピーがでてこない。

もっと奥にいるのだろうかと思いゼブリナは森の奥深くに足を踏み入れて行った。 二時間ほど探してなんとか四匹を捕獲することができた。

ラグ・ラッピーに麻酔を打ち込みアイテムパックに詰め込むと深く息を吐き出した。 残り一匹と気合をいれると勢いよく立ち上がり森エリアの奥へ進んで行った。 異変に気が付いたのはしばらくしてからだ。 空気がいつもと違う。 端末が電子音を鳴らしゼブリナは画面をのぞき込んだ。

フォトン濃度が通常のエリアより異常に高くしかもその数値は今もなお上昇し続けている。

そして数値は測定不能の文字に置き換わりゼブリナは深く空気を吸い込み吐き出した。 顔を上げると数百メートル先にセントラルドームが見える。 「ああ・・・こいつはまずいな」 楽な仕事だと思っていたが少しは面白くなりそうだ。 愛用のブリューナクを握り締める。 空が暗くなり雨が降出した。 温暖な気候のはずなのに冷たく感じる雨だ。 原因は不明だが異常に高い濃度のフォトンが検出されるエリアが存在する。

ハンターズの間ではデッドトライアングル(魔の三角区域)などと噂されるその場所は文字どおりの場所でありよほど腕に自信のある者以外は近寄ろうともしない。

フォトン濃度はランク付けされていてデッドトライアングルは最上級ランクUltでありLv.80以上ではないと確実に死亡する。

このLv.は倒したエネミー数やスキルを数値化したものでハンターズの行動基準になっている。

自分にあったエリアを探索できるわけだがあくまでも参考程度にしかならない。 ゼブリナのLv.は67で安全レベルの80にはほど遠い。 何かが草を踏み締める音がした。 薄暗い木々の下に大きな不思議な動物が見える。 エル・ラッピー、か。 見た目がとても愛くるしいが強力な一撃をしてくれる。

過去にシールドで防御したが腕の骨が折られただの不意打ちで腰の骨砕かれただの聞いた事がある。 良くあるのは頭をなでようとした時に腕をつつかれる場合らしい。 今ではそんなことをする人間はさすがにいないだろう。 捕まった仲間の敵でも討ちに来たのかも知れない。 「噂をすれば何とやら、だな・・・これでも食らえっ」 目の前にラバータでできた氷塊を容赦なく斬りつける。 氷が砕けるとその柔らかい羽毛に包まれた体が地面に横たわる。 「噂ほどではないな」 これが死んだフリなんだから驚きだよなぁ。 どうやったら死ぬんだ、こいつら。 ふと、木の根元に人が寝ていることに気が付いた。

こんなところで昼寝なんてする物好きがいるとは思えず近寄って見ると小柄な少女だった。 あちらこちら服がぼろぼろになって白い肌が見えている。 もしかすると死んでいるのではないのか。 凶暴なモンスターの餌食になったハンターズなのかもしれない。

このハンターズスーツから察するにレイキャシールなのだが人間の少女にしか見えない。 どっちなんだろう? 横には寄り添うような形で動かなくなったぼろぼろになったマグもある。 カーマなのだろうが原型はほとんど留めていない。 ただ発光部分には弱々しい光があるからAIは無傷ということらしい。

辺りに複数の気配を感じ思わず振り返ると先程倒したエル・ラッピーの仲間らしいのに囲まれていた。 じりじりと間合いを詰めて来る。 この好奇心か何かで近づいてくるのが不気味だ。

ここでラバータを使ったとして、倒せなかったら一斉につつかれて殺される可能性が高い。 ラバータを使うと隙が大きすぎてタコ殴りにされるな。

ゼブリナは舌打ちしながら青く鋭いフォトンの刃をエル・ラッピーに全身の力をかけてぶつける。

愛くるしい姿なので傷つけるのは何処かかわいそうな気がするが向こうはそう思ってくれない。

どうせ死にはしないラッピーシリーズなんだから加減はいらないと半ば自棄になるゼブリナ。 まとめて数匹を葬り去るが端末に映る敵の数は減るどころか増加している。 何処からこんなに出て来るんだよ。 PBゲージはほとんどたまっていない。 ヴァラーハのフォトンブラストはしばらく期待できそうにない。 ゼブリナが再び舌打ちした時だ。 後ろで物音がしたのと同時にエル・ラッピーたちが同士討ちを始めた。 「な、なんだ?」 左手の端末は「CONFUSED」のステータスを表示している。 木陰で倒れていた少女が武器のエクストラかトラップを使ったのだろうか。

「すみません・・・肩を・・・貸してくれませんか?まだ本調子ではないようなので・・・」 「あ、ああ」 横に転がっていたカーマをその少女は拾い上げてアイテムパックにしまう。 一瞬だけ、少女の顔が暗くなった気がした。

数のだいぶ減ったモンスターを横目に異常な世界を抜けて見慣れた森エリアに戻ると改めてその少女を眺めた。 「あ」 ゼブリナは小さく叫んだ。 少女の瞳を見てアンドロイドと確信した。

人工皮膚の技術が発展しても瞳だけはアンドロイド特有の無機的な光を放っている。 「あの、ありがとうございました」 「えっ、ああ・・・こっちこそ助かったよ。もう大丈夫なのか?」 「はい、大丈夫です」

ずっと見ていたのに気づかれたかも知れないと内心冷や汗を流しながら話を続ける。 「あの、お名前は?」 「ゼブリナ・ペンジュラ、ゼブリナでいいよ」 「わたしはエオ・ラグズフィアです。エオと呼んでください」 深く頭を下げられたので慌ててゼブリナも頭をぎこちなく下げた。 ゼブリナは丁寧な対応に不慣れなようだ。 「エオ・・・何処かで聞いた事があるな。変容の時を表すルーンだ」 「そうですよ。ゼブリナさんの名前は花の名前ですね」 名前の由来をわかってもらえたからなのか嬉しそうにエオが答える。 「さんはいらない。俺はそれにこの名前があまり好きになれない」 「素敵な名前なのに・・・」 ゼブリナの吐き捨てるようなの口調にエオはしゅんとしてしまった。 「すまない・・・」 「気にしないでください。でもどうして嫌いなんですか?」 「ゼブリナなんて男の名前じゃない」 エオというアンドロイドは小首をかしげ少し考えるような仕草を見せた。 「そうですか?」 「そうだ」 「優しい名前じゃないですか」 「じゃあ、名前負けしてるな」 ゼブリナが笑いながら言うとエオはくすっと笑った。 「俺の立場が無くなるだろう?」 「それも、そう・・・ですね」 エオは苦笑いをした。 パイオニア2でも人工皮膚を外装に使っているアンドロイドは数多くいる。

本来、人との差別化を図るため人工皮膚をアンドロイドに用いる事は禁止されているが暗黙の了解という奴だ。 しかしここまで人の感情を表現することのできるアンドロイドは珍しい。

作った人間は余程思い入れがあるはずなのになんであんな場所で放置されていたのだろう? そこで思考が止まると重要なことを思い出した。 「まだラグ・ラッピー残ってるんだった」 「そんなことだろうと思ったよ」 扉の近くにルーフが立っていた。 「代わりに捕まえておいたからぁ・・・」 何か言いたそうなルーフに人差し指を立て止める。 「わかった、その先は言うな。ちゃんと分け前はやる」 「さすがゼブリナ、話が早いわね。ところで・・・」

そこで一呼吸しいつの間にかゼブリナの後ろに隠れているエオに視線を移した。 「この子は誰?メイドさん?」 「俺にそんなの雇う金は無いぞ」 「お金があれば雇うんだ」 「あっても雇うわけないだろっ」 「むきになって否定する当たりがさらに怪しいぃ」 「だーかーらー」 「あの・・・」 エオの申し訳無さそうな声に二人は静かになる。 「ん、なんだ?」「なぁに?」 同時に反応し二人は顔を見合わせる。 互いに譲り合うが埒があかないと思ったのかゼブリナが尋ね直す。 「どした?」 「この方は・・・?」 少し脅えるようにゼブリナの後ろにすっぽり隠れている。 「お前は猫か・・・」 「いえ、レイキャシールです」 「俺の知り合いのルーフだ。ふざけた奴だが一応、良い奴だから安心しろ」 「そんな言い方は無いでしょう?」 うりうりとゼブリナの頬を両手でつねる。 ルーフの足がゆっくりと地面から離れていく。 「エオってアンドロイドなんだ。ぱっと見ただけじゃわからなかったよ」

くるっと頭だけエオを向いてルーフが言ったのでエオは一瞬だけフリーズしかけた。 「はい、良く言われます」 「結構、違法な改造してない?」 「それも良く言われますね」 苦笑いしながらエオは答えた。

人工皮膚のほかにも禁止事項に触れるような装備がエオにはされていたがエオ本人はそのことをあまり自覚していない。 「ひたひー」 「そんな紹介の仕方は無いでしょう」 「わはった、わはったはらー」 余程強くつねっているのか目に涙がうっすらと浮かんでいる。 よく見ると小柄なルーフの足は浮いていた。 「わかったのならよし」 「本気でつねるなよ・・・」 呆れ顔でゼブリナはレスタで傷を癒す。 「レスタすることもないでしょう」 「仕方ないだろ、実際に傷してるんだからな」 「ひっどーい」 「酷いのはお前だろ」 喧嘩するほど仲が良いって言うから仲良いのかな、この二人・・・? 恐らくそうなのだろうとエオは無理やり自分を納得させた。 三人はゆっくりとパイオニア2に続く転送装置へ向かい歩き始めた。

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