#author("2025-02-21T22:08:10+09:00","default:sesuna","sesuna") [[DAYS]] * 接触2【EW-B-4-2】 [#p34b63c9] 突撃するブラック・アウトに気がついた敵の先頭集団がコースを変え、断続的にミサイルを放ってきた。ブラックアウトはぎりぎりまでミサイルを引きつけて、急旋回で回避する作戦をとる。電波欺瞞紙や擬似熱源はそれぞれ20回、対ミサイル用レーザーやシールドは熱と激しいエネルギー消費の問題がある。今、飛んでいる空域はエーテル濃度が低く、エーテルをエネルギーに使えない。亜エーテル濃度も低く、虎の子のエーテルリアクターも使用不可だった。 「さて、どこまで粘れるか……」 回避機動で空と海が急速に入れ替わる中、田辺は呟いた。山場は何度も経験してきたが、今回は段違いの規模だ。敵は無数、こちらは1機。しかし、恐怖より高揚感、あるいは興奮が打ち勝っていた。落ち着くよう言い聞かせながらレーダーを見る。まだ、味方の機竜たちは離脱していない。数分、いや数十秒だけでもこちらに引きつけられれば勝ちだ。 「私たちが落とされても作戦失敗だ」 エリスに釘を刺され、田辺はその通りだと苦く笑う。プレイヤーキャラクターが人間だったら、この状況で表情は作れない。自動人形だからこそできる芸当だった。それは機体の耐G性能を活かせる証でもある。ミサイルアラート、上方にいる敵集団が放った無数のミサイルだ。 「下方の敵集団を中央突破する」 「了解。敵機竜の情報収集を開始する」 宣言と同時にブラック・アウトは機首を真下に向け、エンジンの生み出す大推力と重力を使って爆発的に加速。敵機竜の群れの中を速度を落とさぬよう最小の動きで突き抜ける。ミサイルは敵味方の識別をしているのか、爆発はしなかったものの、敵機竜と衝突し、機竜とともに四散。ブラック・アウト、敵集団を通り抜けて、さらに層積雲に潜る。 田辺はレーダーを確認する。敵集団が映っているが、母艦を中心とした陣形を維持したままだ。機首を水平に戻すと、スロットルレバーをついて加速した。やはり動きはない。 「データは取れたか?」 エリスは田辺に見えるように撮影した敵の機竜の映像を出して、 「機種はグレイバーチャルスター中心だ。しかし、ほかの機竜も含まれていた」 「新顔はあの大ボスだけか。しかし、追ってこないのはなぜだ?」 田辺は意識を後方に向ける。レーダーには敵が群れを成している様子がはっきりと映っていた。母艦を守るように機竜の群れがいる。突出したブラック・アウトに反応して攻撃はしてきたが積極的に追いかけてこない。田辺があの母艦で指揮をとっていたのなら、数にものを言わせて撃墜させていただろう。エリスも同じことをやるはずだ。最初は警告が目的で加減をしていたとしても、後半の敵ミサイルを連れたまま群れに突入する戦術をとった時点で、本格的な攻撃に移るのがセオリーだが、相手はそうしなかった。なぜだ。 「味方機竜隊の戦線離脱を確認。情報収集も達成したと判断する」 エリスの言葉に田辺は頷き、宣言する。 「そうだな。帰投する」 ● ブラック・アウトはギルド「エンケの空隙」の拠点がある都市「ニーレン」にコースを変更していた。スグリ直々に生の感想が聞きたいと呼び出されたからだ。電子データは送信済みだが、それ以外のものを重視する傾向がスグリにはあった。 「相変わらず、対面を重視するな、スグリは」 「正しくは人間の感覚だ」 「人間の感覚か」 「機械の目と人間の目で判断したいのだと推測する」 「いい姿勢だと思うが」 そんなやり取りをしていると、ニーレンの街並みが見えてきた。街の外周には幾重に防壁が張り巡らされている。その内側には石とレンガでできた背の低い建物がひしめきあっていた。雑多な街の中心の山の上にギルド「エンケの空隙」の拠点「サトゥルヌス城」はある。 「サトゥルヌス城管制から通信、中腹の基地に誘導されている」 「誘導に従う。――いったい、いつの間にそんなものを」 サトゥルヌス城の名前の通り、地上には石を積み上げてできた城がある。地上付近は外敵の侵入を防ぐため窓はなく、高い塔から監視と防衛ができる造りで、城塞と表現するのがしっくりくる。内部は通信設備を中心に改装されていると聞いた。が、まさか地下に本格的な基地が用意あると田辺は思いもしなかった。エリスは驚きもしなかったから知っていたのかもしれない。 地下基地は自動化が進んでおり、着陸から駐機場の移動まで何もすることがなかった。やったことといえば、タラップを降りたことぐらいだ。目的地の作戦会議室はいくつかの耐爆扉を抜けた先にあった。中に入るといくつかのグループにわかれ、情報の交換が行われている。熱量を感じて田辺は思わず、感嘆の声を漏らす。 「勢いがあるな」 『スグリはこの部屋の奥だ』 通信機からエリスの声が聞こえる。彼女のプレイヤーキャラクターはブラック・アウトだからここまで連れてこられない。彼女の案内に従ってグループの間を縫って移動していく。気が付いた者が軽く、手をあげたり、会釈するのにあわせて、田辺も簡略的に応答する。有名人は忙しい。エリスは黙々と情報の交換と整理をしている。会話にはおそらく参加しないだろう。それが彼女の戦い方なのだ。 ● 「巨大不明飛行物体だと呼びにくい。何か名前が欲しいな」 「アーセナル・バタフライでどうか」 「いい名前だ。とんでもない火薬庫だよ」 「積載している機竜は数千単位だろう」 「強力なシールド、追尾式レーザーだけでも骨が折れます」 「違いない。それにあれだけ巨大な図体だ。まだ見せてない武装があってもおかしくない」 ● さっそく、得られた情報をもとに議論が進んでいるようだ。飛び交う意見を聞きながら、田辺はスグリのいるテーブルにたどり着いた。いつもと違うってどこかおとなしい空気がある。 「到着しました」 「ご苦労様、まずは座ってちょうだい」 「ありがとうございます」 許可を得て座る。どこから切り出せばいいのか思案していると、スグリは単刀直入に突破できる方法があるか、と聞いてきた。 「機竜の防衛網を突破する方法はあります」 田辺とスグリの会話に周囲の者たちがぞろぞろと集まってきた。 「やはり正面突破ですか?」 誰かが尋ねてくる。田辺は頷きと声で応じる。 「単純にいえばそうだ」 「敵の機竜は動きが鈍いのが理由だろうが、これが罠だったらどうするんだ?」 発言者は第403飛行隊の小隊長だ。プレイヤーキャラクターは大ダメージを受けると、最寄りの拠点に戻される。ただ、ダメージは残るのですぐに戦線復帰とはいかない。小隊長もあちこちに包帯を巻き、車いすに座っている。この状態でのキャラクターの操作は難しいはずだ。それでもここへ来たのは思うものがあるからか。それとも先陣を切った者として情報を出せ、とスグリに呼ばれたのか。 「その場合は乗ってやればいい。空中格闘戦は機竜乗りの十八番だ」 「……思ったよりも脳筋だな」 相手が呆れているのは田辺も感じた。あげてのせてやろうと思ったのだが、ベテラン相手ではうまくいかないようだ。 「機竜の相手は機竜がする。他の戦力でアーセナル・バタフライを叩く。それが狙いだ」 「それなら、わかる。状況がシンプルになる」 田辺の説明に小隊長は満足そうに頷き、傷が痛むのか堪えるように低い声を出した。 「機竜への対処であれば、ノウハウはみな持ってます」 田辺はスグリを見ていった。所属する第500飛行隊を含め、機竜戦を得意とするギルドは多くある。皆、それぞれ得意不得意があり、活かした戦い方をしてきた。 「そうね。問題はアーセナル・バタフライにどうやってダメージを与えるか」 「あの防御を破るのは容易ではないでしょう」 超高高度からエーテルリアクターと重力を使って、音速の10倍まで加速して垂直降下し、ミサイルを叩きつける方法も検討はしたが、命中精度が低いこと、命中しても期待するようなダメージは与えられない、と結論を田辺とエリスは出していた。 「発言よろしいでしょうか」 控え目な声がした。振り返ると、ギルド「予報士の卵」所属の津村だ。彼と彼のいるギルドとエンケの空隙は古くからの付き合いがある。田辺とエリスも彼らの気象とエーテル濃度の予報を考慮して戦術を立てていた。 「ええ、お願いするわ」 「周囲のエーテル濃度及び亜エーテル濃度が低いのは、アーセナル・バタフライのエーテルリアクターが動作しているからです」 大気中のエーテルを消費してアーセナル・バタフライは飛行し、不足分は亜エーテルをエーテルリアクターでエーテルに変換して補っている。亜エーテルは宇宙に存在し、この世界の惑星は亜エーテルの海の中にあるようなものだ。惑星表面でエーテルが枯渇すれば、亜エーテルが流れ込んでくる。 「それは確定でいいのかしら?」 「気象予報、魔法、エーテル技術に詳しいメンバーでディスカッションしました。状況から考えて間違いありません」 「強力なシールドを事実上、無限に使える、ということね」 スグリは自身の言葉を反芻しながら、どう攻略するか考えているようだった。 「予想されるエーテル支配領域がこちらです」 彼は端末を操作して、テーブルの天板に領域図を表示させた。アーセナル・バタフライを中心に3㎞ほどの円がひかれている。 「これは、竜のカテゴリ5に匹敵するぞ」 小隊長が呻く。竜はエーテル支配領域を持っている。大きければ大きいほど、支配領域は大きくなり、使える魔術も高度になっていく。竜狩りではエーテル支配領域が数メートル程度の竜が限界だ。作戦は大人数で仕掛けて飽和させるか、不意をついて一撃で仕留めるかにわかれる。竜が大きくなるほど、エーテル支配領域が広大になり、それらの戦法が通じなくなるどころか、自分たちが狩られる側になりかねない。竜のサイズによって1から5のカテゴリに分類される。狩りの対象にされるのがカテゴリ1、まれに人間の活動域に顔を出して混乱を起こすのがカテゴリ2から3だ。神話に出てくる巨大な竜がカテゴリ4から5に分類される。神話上の存在が海からやってきた。 『嵐と思って通り過ぎるのを待つのも手では?』 田辺が声の主を探すと、そこにはディスプレイがあった。ギルド名とギルドマスター名が表示されているが全く聞いたことのない。おそらく全く違う地域で活動しているのだ。 「それも手ではあるわ」 スグリは頷いてみせる。今のところ、攻撃をすれば反撃してくる。こちらが手を出さなければ、向こうは手を出さない。筋が通っているが、広大な領土を持つギルドのマスターであるスグリには考慮すべき点が多いのだろう、と田辺は思う。 「本当に嵐ならそれでいいのだけれど」 『何か目的があるのなら、そうとはいかない。困ったものです』 彼の懸念もその通りだ。こちらの利害と相反する目的を持っているのなら、すぐに手を打つべきだ。だが、どこのテーブルからも明確な反応がなかった。この場にいる誰もがアーセナル・バタフライの目的がわからない。積極的に仕掛けて反応を見るか、干渉せずに観察に徹するか。前者は試して痛い目を見たのが現状だ。後者を試すべきではないか。そんな空気が部屋の中に立ち込めるのを田辺は感じた。 『エンケの空隙、聞こえますか? こちら、205号砦。アーセナル・バタフライを肉眼で確認しました』 ギルド戦の要所に砦は作られる。砦の建設予定地に遺跡になったベータ時代に作られた遺跡が見つかることも多々ある。状態が良かった古代の砦を改修したのが205号砦だ。映像は砦の尖塔から撮影しているのだろう。周囲に障害物はなく、アーセナル・バタフライの姿を完璧にとらえていた。 『速度が落ちてる。何かする気だぞ!』 その言葉を裏付けるようにアーセナル・バタフライの装甲表面に青白い光が走り、下面に巨大な魔法陣が出現する。描かれている記号と文字は現代のものではなかった。 『攻撃が来るぞ、退避だ、退避!』 叫ぶ声にはノイズが混じっていた。観測員たちが慌ただしく、砦内部に避難する。映像は繋がったままだ。アーセナル・バタフライが砦の真上で止まる。魔法陣の中心に青白い光が集中し、まばゆい光の塊になっていく。強烈な光に撮影素子が焼き切れ、ディスプレイがデジタルノイズに埋め尽くされる。続いて、轟音が響き、完全に信号は途絶えた。物理的ではない衝撃の波が見ていた者たちを襲う。緊急回線で通信が届き、通信士はすぐにこの部屋にある一番大きなディスプレイに表示した。 『こちら203号砦、衝撃波を観測した。巨大な煙も見える』 通信の主はわずかにためらってから、 『205号砦は消滅した可能性が高い』 「戦わないといけないタイプの嵐ですね」 津村の言葉に部屋の空気が変わる。戦って、勝つために。