[[DAYS]] *ゆりかごの外にて [#q831a845] 「人が人と会話するのはなぜだと思う?」と彼女は切り出した。 「話したいから、でいいんじゃないか」と僕。 「そう、話したいから」と返してきた。 「では、どうしてそう思うのか。そこを考えてみようか、だね」 と僕は彼女の話し方を真似て言った。 彼女は満足そうだ。 「情報元は失念したけど、情報の流れを生むためだ、という考えがあるそうだ」 「情報を交換したりとか、そういうためか。皆、知っていることが違うもんね」 「同じできごとでも感じ方は違う。この話は退屈だろう」 「そんなことはないよ」と返す僕に彼女は笑った。 「情報の流れを生むためってことは、もし、皆が同じ情報を持つようになったら、話す必要がなくなるってこと?」 僕は思いついたことをそのまま言葉にした。 「そう思う。もし、返す言葉がワンパターンだったり、自分とまったく同じ考え方だとしたらそのうち飽きる」と彼女は苦笑。 「一人で大量の情報を扱えるようになったら同じことが起こるかもしれない」と彼女。 意味がよくわからないので尋ねた。 「自分の頭の中で情報の流れを創れたら他人と話す必要はなくなる」 「物語の作者と読者を一人でこなすような感じかな」 いい解釈だと頷く彼女は僕より男らしい。 「でも、現実的に起こるかな」 「人ひとりの力はたかが知れている。現実問題として一人では生きていけない、はずだった」 「はずだった?」 「君はこう思ったことはないか? 一人でも生きていける、と」あった。 一人暮らししたこともないのに良く思ったものだけど。 「そう思わせるまでに一人が持てる力は拡大されているんだよ」 「科学の力で?」 「そうだ。そして、一人で生きられると錯覚させる程度まで来ている」 「もし、このまま進むと一人で生きられるようになる?」 「いや、少し違う」今までの話と違うので僕は混乱した。 「今の進歩は体を強化する方向で進んでいる」 「コンピュータは?」 「そのコンピュータが厄介なんだ。これは人間の脳を強化する」 僕は頷く。 「記憶能力も完璧だ。壊れるまで覚えている」 「コンピュータがこのまますごくなっていくと……?」 彼女が続きを促した。 「自分の中で作者と読者が出来上がるかもしれないってこと?」 「かもしれない、と言う話だ」 ただの思考実験だよ、と彼女は満足したように笑う。 「本当にあったら困るよ」 僕の言葉に何度も頷いてから、 「こうやって話す楽しみを放棄するのは実に惜しい話だよ」