バーカウンターの設置自体は楽だった。
骨が折れたのは酒類を並べる作業で結局、丸一日かかってしまった。
セットでついてきたグラスを拭いているとエオがやってきた。
「立派なバーカウンターだね」
カウンターを見るなりエオはそういった。
「設置した甲斐があるというものだ。酒は皆、飲むのか?」
「まちまちだね。わたしは飲む、かな」
そして、カウンターに両肘をつきながら、カシスオレンジが飲みたい、と言った。
「キャストが酒を飲んで酔うのか?」
問いながらペオズはレシピを確認する。
二種類の酒を混ぜるだけで簡単にできそうだった。
「酔ったふり、かな。飲んだアルコール量に応じて、自己判断能力を落とす、そういうことができる」
ゆっくりとした調子で言い聞かせるようにエオは言う。
「便利なのか不便なのかわからないな」
赤紫の液体が入ったグラスを差し出しながらペオズは言った。
人に合わせて生活するのであれば、酒を飲み交わすことも求められるのか、と考える。
彼の言葉を聞きながらエオはマドラーでゆっくりかき混ぜながら、
「人と話をするときには便利だよ。お酒のせいって言えるから」
「では、酒のせいということで聞きたいことがある」
カシスオレンジをゆっくりと一口飲んでからエオは、
「何かな?」
と答えた。
「チームに誘う時に言った台詞を覚えているか?」
「君のような必要なんだ……そう言ったね」
目を閉じてエオは答えた。
まるで台詞を思い出すように。
「そうだ。それは、キンドルのことだろう?」
過去の暗い記憶にふと沈むキンドルを助けたい、力になりたいとペオズは思ったのだ。
彼女が見込んだように対話する用意がある彼の助力もあって、少しずついい方向に進んでいるように見える。
「うん」
エオは微笑みとともに頷いた。
その彼女にこの問いは酷か、と僅かに感じつつ、疑問をぶつける。
「何処まで考えていた? 僕が彼女に好意を寄せるところまで考えていたのか?」
ペオズの問いにエオは一瞬だけ目を見開き、しかし、すぐに先の微笑に戻して、
「そこまで考えられたら、いいな。でも、違うよ」
「そうか」
何か企んでいるような物言いが多い彼女だが、そこまでは考えていなかったらしい。
「そうだったら、キンドルに嫌な思いはさせなかったよ」
遠くを見るような表情でエオは答えた。
「すまない。すべて想定済みなのではないか、と疑っていた」
ペオズはいつの間にか入っていた体の力を抜いた。
「あなただったらきっと、と思って声をかけたのは本当だよ」
「あの一回の戦闘だけでその判断を? 博打だ――信じられないな」
「その後の会話も参考にしたよ」
「フムン」
それはあの時のやり取りでも聞いた。
「そうだね。博打といえば博打だったと思うよ。今のところは、勝っている、かな」
「今のところか。確かに先はわからない」
エオはペオズを見上げながら、
「……ずっと勝たせ続けてくれないかな」
勝たせ続ける、それはペオズがキンドルの力になり続けることだ。
見上げるエオを見下ろしながら、
「誰がやっているのかわからない賭けに乗る趣味はない。言われなくても成すべきことは成す」
「ごめん」
「怒ってはいない――意志の表明だ」
「そっか」
誤解は解かなければ、と彼は窓の向こうを見ながら思いを言葉にする。
「そうだ。言われなくても僕は彼女のそばに在り続ける」
感じた視線のもとを辿れば、エオと目があった。
彼女は目を逸らさずにペオズに告げる。
「その言葉が聞けてよかった。うん、あなたをチームに誘って正解だった」
どう返そうかペオズは悩み、
「――飲み過ぎだ。そろそろやめておけ」
「素直じゃないなぁ」
ペオズは肩をすくめた。