Feathery Instrument

Fine Lagusaz

8th ささやかな日常

「うー」 ごみ箱に溜まっている不要なメールをすべて消した。 一体どこで人のメールアドレスを聞き付けて送り付けてくるのやら。

フェイドが来るまでの暇つぶしのつもりでネットをぷらついているけどあまり役立ちそうな情報は無い。 Hunters infoでは各エリアの構造やエネミーについての議論があったものの一部は削除されていた。 何か触れてはいけないものにでも触れたのだろう。

何処のサイトを見てもこれから自分たちはどうなるのだろうという不安が書き連ねてある。 個人の雑記サイトではその傾向が強い。

情報規制されていることや断片的に入る地上のことがあって不安を煽っているらしい。 どうにかしようにもわたしじゃどうにもできないな。

転がっているデータディスクを手に取り天井の照明に透かすときらきらと光を反射した。 わかったことは出来る限り書き留めてはいるがなかなか全体が見えてこない。 裏で様々な組織が入り乱れて何かを企んでいるのには間違いない。 呼び鈴が鳴りエオの思考は中断された。 「エオ、いるかい?」 「はい、どうぞ」 部屋の様子を確かめながらフェイドは中に入った。 「少し飾り付けたようだね」 「花をおいたりしただけですよ」 「さて、そろそろ始めようか」 「あ、はい」 フェイドに促されるままエオはクレードルに入った。

そしてフェイドはクレードルのパネルを開きノート型のコンピュータを接続しメンテナンスを始めた。

「これといった不調は無さそうだね。AIにもこれと言った問題もなし・・・ここまで安定するとほんとメンテは必要ないね」 何処を調べても安全を示す緑のアイコンが点灯している。 「エオ、そろそろ夢を見ると思うよ。いや、もう何度か見てるかな」 「夢・・・ですか」

「記憶の整理、機械的に言えば情報の整理なんだけどE2AIの場合、眠る形で行うようにしてある」 「だから眠くなるんですね・・・」

「別に寝ていても構わないよ。もうメンテは終わりだし適当になんかやって待ってるよ」 「あ、でも・・・それは・・・・・・」 エオの声が小さくなり眠ってしまった。 恐らく数時間で覚醒するだろう。 ふとどんな夢を見ているのか気になったがさすがにそれは越権だ。 「管理者権限・・・持ったままだっけ」 全記憶領域、設定などを実行するために必要なIDとパス。 フェイド自身の声や目、指紋がそうだった。 「メンテするときくらいしか出番はないか」 ぷらっとラボのサイトにアクセスしてみると色鮮やかなグラフが表示された。 ハンターズの行動基準のひとつである異常フォトン濃度だ。

森にいる原生生物の狂暴化、洞窟に生息するアルタードビースト、坑道に出現する侵食された機械人形、遺跡にいる未知の生物もどき・・・。

それらの原因が異常フォトンなのだがなぜこのようなフォトンが存在するのかわからない。 どうしてこの異常フォトンがこのようなことを引き起こすのかもわからない。 パイオニア計画の裏にはこのフォトンの研究計画も含まれていた。 そして異常フォトンを利用する研究もあった。 微かに見えるMother Projectという二つの輪郭を持つ計画。

パイオニア1から引っ張り出したデータと集めた情報を照らし合わせてもこの程度しか分からない。 あのモンタギュー博士がそんな簡単に事実を言うとは思えない。 キーボードを叩く指の動きが止まりため息をついた。 電子音が鳴り響いたのでフェイドは自分の端末を確かめたが違った。 「ん・・・あ・・・」 眠たそうな目をこすりながら端末のメールに目を通した。 エオが読み終えると今度はフェイドの端末から電子音が聞こえた。 「誰からでしたか?」 「ゼロから」 「わたしもです」 「中身は?」 「演奏会についてです」 「僕もそれだ」 その頃、ジムとゼロ、タングラムも同じようなメールをゼロから貰っていた。 ゼロには妹のレナがいる。

幼いころから歌に才能があり合唱会で歌ったクラスは一位になるほどのものだ。 その歌唱力をいかしてパイオニア2の一般市民に対する演奏会を開いていた。

有志のメンバーで構成されていたのだがそのメンバーが都合で参加できなくなったのでメールがエオたちの元に届いたのだ。 ギターの担当は食あたり。 ドラムの担当はラグオルで病院送り。 キーボードの担当は交通事故。 「良かった、来てくれたんだな」 「具体的になにをするんだい」 「楽器の演奏をしたことがあるならその楽器をやって欲しい」 「すみません、少し遅れてしまいました」 物腰の柔らかい口調のフォーマーが入って来た。 「この方たちはどなたですか?」 「フォーマーのフェイドにレイキャシールのエオ。知り合いなんだ」 「タングラムと申します。よろしくお願いします」 随分と礼儀の正しいフォーマーだとフェイドは心の中で感心した。 タングラムとは聞き覚えのある名前だ。 しかし何処で聞いたのかはっきりと思い出せない。 「エオ、キーボードはできるか?」 「ピアノができるなら大丈夫でしょうか」 「なら平気だろう。これが楽譜」 「・・・良かった。まだ読み方は覚えてる」 微笑みながらエオは譜面をたくった。 「しっかしなぁ、いきなり素人が楽器演奏なんて大丈夫なのか?」 いつの間にかゼブリナも来ていた。 どうやら舞台のセットに駆り出されていたようだ。 「俺らアンドロイド組はマニュアルさえ叩き込めれば問題ないがね」

「叩くだけのドラムなら大丈夫だななんて言っていたやつの台詞とは思えないね」 ゼブリナは笑いながらジムの危なっかしいドラムの練習を見ていた。

ぱっと見て簡単そうだから、という理由らしいがリズムにあわせることを考えれば簡単な楽器なんか存在しないだろう。

ドラムだって奥が深いわけでドラムをこよなく愛する者からブーイングが来そうだ。

横で不協和音を発していたエオのキーボードも今は心地よい音色を奏でている。 「ピアノの経験でもあるのかい?」 「シェイスさんが教えてくれました」

「そういえば彼女にピアノを弾かせれば右をでる者はいないぐらいだからなぁ」 「シェイスってあのシェイスさんですか?」 レナの問いにフェイドは怪訝な顔をした。 「フォトンジェネレーターの技術者のシェイスだけど・・・」 レナは振り返ると後ろで指示を飛ばしていたゼロに言った。 「やっぱそうだよ。ゼロ」 「となるとキーボードは大丈夫だろうな」 「フェイドはシェイスさんが有名なこと知らなかったんですか?」 「技術者連中の間で有名なくらいしか知らないよ」 「モグリだ」 ゼブリナの突っ込みに部屋は笑いに包まれた。

それからしばらくしてフェイドはシェイスがピアノの名奏者であることを思い出した。 そう、なんどかラボに取材の人間が来たこともあったはずだ。 「開始まで後、二時間ぐらいか」 キーボードで舞台演出装置の調整をしながらフェイドは言った。

あらかじめ組んであったのでそれを機械に指示すればいいのだが自分なりの変更点を加えマネージャーのゼロに見せていた。 「フェイドにこんな才能があったなんてな」 「もともと裏方に徹するタイプだからね。ちゃんと仕事はやらせてもらうよ」 「頼りになる言葉だ」 ゼロの指示も的確でさすがだとしか言いようがない。

普段の戦いの賜物なのかそれとも天賦の才能なのかわからないがとにかくすごいものだ。 寄せ集めのメンバーをちゃんと統括しこれを成功させようとしている。 扉が開きギターケースを持ったフォーマーが一人、姿を現した。 「私の方は大丈夫です。いつでも合わせて練習できますよ」

この落ち着いた雰囲気を持つタングラムの手にはエレギギターが握られている。 エレキよりはバイオリンの方が似合っているとエオは思った。 「ジムも大丈夫そうだしそろそろか」 「おいおい、ゼロは練習しなくていいのか?」 「俺は監督だからな」 「お前に音楽のセンスがあるとは思えないな」

「でもゼロの感性は信用しても大丈夫ですよ。上手なんだから弾けばいいのに」 「あまり性に合わない」

この世界のあちこちに生息している妹萌えの人間が聞いたら卒倒することだろう。 こんな妹はありえない、と。 「エオとジムはどうだ?」 「わたしはいつでも大丈夫です」 「俺はさっきからスタンバってる」 「こっちも打ち込み終了。いつでもいける」 「それじゃ、ステージに行くか」

有志のスタッフが忙しそうに走り回っていた。

一時は肝心の演奏者がトラブルで来られなくなりどうなるかと思ったがなんとか人を集めることができた。 しかしみんな素人という情報にスタッフは不安になっているのも事実だ。 「なんとかなるんかねぇ」 30過ぎと思われる無精ひげを生やした男“ホセ”がぼやいた。 「なんとかするのさ」 いきなり現れた男の顔をじっと見た。 「あんたがあいつの代理か」 「演出担当代理になった。フェイドだ、よろしく頼む」 「裏方に美形の男はもったいないと思うがねぇ」 「体が華奢な分でちゃらさ」 笑いながらフェイドは今日の相棒となる男と握手した。 「ハンターズの礼儀は知らないが・・・よろしく頼むぜ、相棒」 「ああ、よろしく頼むよ」 スポットライトの下、レナをはじめとする全員が配置についていた。 楽器の再調整を行うとレナの合図で演奏をはじめた。 はじめてとは思えない和音がステージから流れホールを満たした。 誘導や警備担当を含めすべてのスタッフがその演奏に聞き入った。 「こりゃ、すげぇ」 「はじめてでこれなら大丈夫だろう」 「だな。それにあんたのこのプログラムもすげぇな」 「専門じゃないから不備もあるだろう。チェックしてくれないか」 「・・・特に文句はねぇ。ただ舞台の上の主役より目立ちそうだな」 「それはは問題だ。さくっと修正してしまおう」 何度か合わせる練習をするときれいに音がそろってしまった。 それにはスタッフも驚いたし演奏していた本人たちも驚いていた。

これなら行ける、そう確信したのはゼロだけではなくその場にいた全ての人間だ。 その確信は気力となり本番に向け作業速度を加速させていった・・・。

数時間が経ったころ、客席は観客で一杯になっていた。 席に座らず立ち見する者もいる。

そこまでしてこの演奏会を聞く価値があるのか、とこれを取材しに来ていた記者が観客の一人に尋ねた。

「レナの歌声に魅了されているから聞き逃すわけにはいかない。ついでに言えば今回は演奏がみんな素人らしいからどうなるか楽しみなんだ」 そう観客は答え人込みの中に消えていった。 演奏者が素人ということがネット上で急速に広がり客寄せの効果を発揮した。

無料でやっているのだからいくらきても収入はないが人が来てくれることは嬉しい。 逆に一回の演奏会で大勢の人が来て元気づけられれば効率が良い。

それは第三者から見た事実で当の本人たちはそんなことを気にしていなかった。 あるのはこの演奏会を成功させたいという気持ちだけであった。

エオはステージの端から少し顔出してすぐに引っ込めた。 「ものすごい数の人です」 「いつもより多いと思うけど・・・大丈夫ですよ、きっと」 レナは微笑みながら言った。 心配しても仕方がない、後は自分の力をすべて発揮させるしかない。 そう力むこともないかとエオは力を抜いた。 『楽器を扱うのなら余計な力はいれないの。 水のように流れる感じで弾けるのが理想形かな』 シェイスがそんなことを言っていたことを思い出した。 ふと見上げるとフェイドと不精髭の男が見えた。 エオが手を振ると二人は自信のある顔で親指を立てた。 倣ってエオも親指を立てた。 「そろそろ始まりますよ」 レナに促されスポットライトに照らされるステージの上にでた。

「えっと、知っている方もいるかと思いますが今日はメンバーが変わってます」 スピーカーを通してレナの凜とした声が響いた。 「今日、演奏を担当するのはこちらのみなさんです」 視線が集中するのをエオは感じた。 並んでいる順にマイクを渡され答える、事前の打ち合わせでそうなっていた。

「ギターのタングラムです。本来の担当の方には劣るかも知れませんがよろしくお願いします」 深々とお辞儀をし顔を上げるとあちこちから女性の歓声があがった。 タングラムからマイクを渡されると先よりもっと視線が集まるのを感じた。

「キーボードのエオです。精一杯頑張ります・・・えっと・・・よろしくお願いします」 緊張して身体のあちこちから不協和音を奏でそうだ。 ゆっくりと深呼吸をして落ち着かせて隣のジムにマイクを渡した。 「あー・・・テステス。ドラムのジムです」 会場がどっと沸いた。 舞台裏にいたゼブリナは頭を抱えてしまった。

彼女のフェイと一緒に来ているスカイリーは大笑いしていたしフェイドも苦笑いしていた。 「ま、とりあえず、よろしく頼む」 自分も笑っていることに気づきはっとした。 この人達といる限り、緊張という言葉からは無縁だろう。 「今日はこの四人でやります。最初に歌うのはEverlasting Dream・・・」 ステージの中央にレナが立ちスポットライトに照らされる。 客席から見ると暗闇の中にレナたちが浮かぶ形だ。 静かな伴奏にレナの澄んだ力強い声が重なり会場を満たして行く・・・。 ・ ・ ・ 「お疲れさまー」 スタッフの声が重なり部屋を喧噪が包んだ。

設置が早ければ撤去も早い、あっと言う間に片付けを終え打ち上げとなったのだ。

反応も上々で目的は達成されたようで歌姫のレナも助っ人のエオたちも満足していた。 そのこともあって打ち上げも盛り上がっていた。 レナの話を聞いて二人はシェイスのことを思い出していた。

ピアノの演奏を何度か聴いたことはあるが確かに名を馳せるほどの腕前だった。 アルコールが入ったせいかでどんちゃん騒ぎになっている。 酒を持ってきたのはフェイドと一緒に照明を担当した男だった。

食料の制限が厳しいはずのパイオニア2にどうやって酒を入手したのかフェイドは尋ねたが見事にはぐらかされてしまった。

個人の荷物についての制限は特に無い、恐らくそこを突いて持ち込んだのだろう。 「酔いはじめは賑やかですけどね」 苦笑いしながらレナは合成ジュースを飲んだ。 「これから先は酔いつぶれる人がでてきて大変そうです」 「お酒に酔うと人の別の面が見えてくるから怖いですよ」 「身近な人は極度に強いか弱いかのどちらかなのであまりわからないです」 横でさっそくダウンしているフェイドを見てエオは言った。 「なんだ、兄ちゃんもう倒れたのか」 「昔からアルコール類はダメだったのでこんな感じですよ」 「フェイドだっけか。なかなかコンピュータに強いようだけど専門なのか?」 「ええ、一応、AI専門の研究者をやってました」 「それならあのキーボード裁きはわかるな。実はよう・・・」 まわりに聞こえないよう小声でホセは話し始めた。 「間奏のときに一度、照明が落ちただろう」 「あの時に何かあったんですか?」

フェイドが操作を誤ったのだろうか、いやだったらコンピュータに強いとは言わない。

「照明の制御に使っていたコンピュータが落ちた。そしたらこの兄ちゃん、そこから先はマニュアルに切り替えてやったんだ」 「いや、違う」 頭を押さえながら身体を起こした。 「違うってどういうことだい」 「落ちたのでは無く落とされた、が正しい」 端末を取り出し何かのグラフを表示してホセたちに見せる。

「同時に負荷をかけられて落とされてるコンピュータがほかにも何台かあるだろう」 「誰がやったかまでわかるか?」

「いいや、さすがにそこまでは・・・。ただ解析はラボがやってくれるからそちらに任せよう」 「結果的には大丈夫だったんですから今はそれで良しとしませんか?」 「今は保留にしておくか」 腕に端末をつけなおしフェイドはイスに身体を預けた。 「ということでどうだい、取って置きの酒を持ってきたよ」

ホセが取り出したのはコーラルでとても有名な酒でありラグオルでは入手不可能と言われるものだ。 あまり酒を呑まないフェイドでもそれの価値を知っていた。 「・・・たまには挑んでみるか。一杯もらうよ」 「一杯なんてみみっちいこと言うなよ」

アルコール濃度を見てエオはこれなら火をつければ武器になるだろうと思った。 フェイドがこれだけの高いアルコールに耐えられるだろうか。 「わたしにも一杯だけください」 「アンドロイドも酒を呑めるのかい」 「アンドロイドもそれぞれですから」 三つのグラスに恐ろしいほどアルコール濃度の高い酒が注がれた。 軽く乾杯をして一気に飲み干した。 ばたりといきなり一人が倒れたことは言うまでも無いが・・・。

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