#author("2018-08-17T23:42:57+09:00","default:sesuna","sesuna")
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[[DAYS]]

* 1 [#j0da2ddd]

アリウムは岩場で空中に投影されているディスプレイを眺めていた。
メールの差出人は先日、交流戦で戦ったギルドのマスターで、交流戦とアリウムの勝利を記念してオフ会を開きたい、というものだった。
しかも、参加費は主催する相手のギルドが持ってくれるという。
アリウムも戦った相手であるスグリに興味はある。
むしろ、会う機会なんてめったにないだろうから、会ってみたいとも思っている。
でも、報復の機会を作ろうとしているのではないか、と疑っている部分もある。
「たぶん、悪い人たちじゃないんだ」
そうつぶやいてから、アリウムはログアウトした。
オフラインのほうがメールをじっくり書くにはちょうどいいのだ。
部屋に戻ると、机の上にあるノートPCを開いて、メーラーを起動する。
一気に書いて、少し直して、全部消して、を何回か繰り返して、自分がどうしたいのかわからないことに気が付いた。
そもそも、オフ会に行っていいのかは親に聞かないとわからない。
幸い、今日は二人とも家にいる。
うーん、と透は唸りつつ、階段を降りた。
居間に入ると母は台所でコーヒーを作っていた。
父は椅子に座って分厚い小説を読んでいる。
「どうしたんだい、透」
「えっと、オフ会に行きたいんだけど、いいかな」
「オフ会か。いいんじゃないかな。もちろん、気を付けたほうがいいけど」
あっさりと結論を述べてから父は、タイミングよく持ってきてくれた母のコーヒーを受け取り、
「母さんはどう思う?」
「私も、いいと思うな。きっと、楽しいと思うよ」
「あっさりなんだね」
「僕らは、積極的に参加していたからね、そういうの」
そういうと父と母は目を合わせて笑った。
もしかして、オフ会で付き合い始めたのだろうか、と透は思ったがそこは聞かないことにする。
「何が心配なのかな?」
と父。
「知らない人と会うことが」
「それは、心配じゃなくて、楽しみ、だよ」
結局、両親は止めるどころか、背中を全力で押し出してきた。
部屋に戻ると、透は覚悟を決めて、メールの下書きをすべて消して、参加する旨のメールを書いた。
幾つか条件を添えて。

** 2 [#k310af4a]

ソロプレイを主としている者であっても、様々な利点があるギルドには所属したい。
そういうわがままな者たちが集まって作られたのが「オールトの雲」だった。
ギルド専用のチャットは閑古鳥が鳴いていて、拠点も共有の倉庫といった状態だ。
だから、ギルド同士の交流戦の後にオフ会をしよう、と誘われても、人数が集められるとアリウムには考えられなかった。
とはいえ、対戦相手であったギルド「エンケの空隙」のスグリには興味がある。
どうするかしばらく考えた後、アリウムはスグリに正直にそのことを伝えた。
すぐに3人か4人ぐらいで集まるオフ会にしよう、と返事があった。
向こうが二人で来るならこちらも一人知り合いが欲しい。
そして、アリウムは一人、同じ地域に住んでいる知り合いを思い出した。
連絡を入れるとこちらもすぐに返事があった。
喜んで参加する、だった。
参加者が決まると、話はとんとん拍子で進み、そして、当日がやってきた。

財布を忘れて家にとりに戻っているので、自分が浮かれていると自覚したアリウムは、電車に揺られている間、数回、集合場所と時間を確認したぐらいだ。
しかし、アリウムはいくつかのことを失念していた。
ひとつは集合場所のモニュメントのまわりには、同じように待ち合わせをしている集団がいくつかあったこと。
もう一つは人込みが思っていたよりも激しかったことだ。
これでは服装を事前に伝えておいても意味がない。
アリウムは、うー、と声を小さく漏らしながら、参加者を探していると、後ろから声をかけられた。
「もしかして、アリウム?」
振り返ると、少女が立っていた。
「えーっと……?」
誰だっけ、とアリウムが悩んでいると、
「おれだよ。坊主」
精いっぱい声を作って少女はいった。
その喋り方には聞き覚えがある。
「あ、イトーさん」
「そう、イトーです。よろしく」
ゲームのボイスチェンジャーで変えていたのは、声の性別だけらしかった。
「でも、どうして、ボクだとわかったの?」
「雰囲気、かな。キャラクターと背丈近いし」
イトーのいうようにアリウムのキャラクターは本人の背丈どころかそっくりの体型にしてあった。
ゲーム内のキャラクターの五感で感じ取ったことがプレイヤーにダイレクトに伝わるシステム上、身体の形や大きさが違うと操作ミスが増えたり、疲れやすくなったりする。
アリウムはその傾向が強かった。
「雰囲気はわかる気がする」
イトーはゲームで使っているキャラクターと全く違う、とアリウムは思った。
ゲーム内では男性キャラクターで背もずっと高く、身体もがっしりしていたが、プレイヤー自身は女性でどこか儚さそうな雰囲気を持っている。
「イトーさんはコントローラ派だっけ」
「うん。そうじゃないと、わたしは動かせないから」
「リアルなのもよしあしだね」
とそこまで話してアリウムはあることに気が付いた。
「敬語で話したほうがいい、ですか?」
「いいよ、普段通りで」
「わかった。普段通りのイトーでしゃべってよ」
「あれは、無理だよ。トランスレータに頑張ってもらってるんだから」
アリウムの冗談にイトーは笑った。