* 『夢』 [#af6170b8] 気がつくと真っ白な空間に彼女は立っていた。 自身を見れば黒い布を乱雑に纏っていた。 白い地は平らで何処までも続いている。 見渡しても先にあるのは地平線だけで、山や建物といったものは見つけられない。 上を見ても白く奥行きの感じられない空が広がっているだけだ。 そこでようやく、彼女は此処が夢の中だと気がついた。 普通、夢ということに気がついた時点で覚めるものだが、覚める気配はまったく無い。 「……」 静かに風が吹き、纏っていた黒が音を発てる。 その風の中に良く知った人の温もりを感じ取ることができた。 彼女の足はその温もりの方へ自然と向かう。 歩いていた足はいつの間にか走っていた。 何も無い空間を彼女は走る。 走って走って走って。 また、風が吹いた。 鉄に似た匂いがした。 彼女は文字通りの全力で走る。 その間にも鉄に似た匂いは強くなり、温もりは消えていく。 前方に誰か立っているのが見える。 その足下には誰かが寝ている。 見たくない。 しかし、身体は止まることなくその方向へ進んでいく。 誰かが何なのかはっきりしてくる。 立っているのは自分だ。 纏った白の布を赤黒いもので染め上げて。 見たくない。 それでも、目は見ることを続ける。 横たわっているのは蒼だ。 血溜まりに身を沈め、冷たくなって。 すべてを確認して、ようやく彼女の身体は止まった。 もう一人の自分の視線を感じた。 顔を向けると、それは血黒いに染まった両手を差し出しながら笑っていた。 そして、彼女は自分の纏っている色の正体に気がついた。