DAYS

気まぐれ

きっかけは他愛もない会話だった。
そのあのヒトのそのお願いには遊び心のようなものを感じた。
けど、それを実際にやってみる気はほとんどなかった、その時は。
だから、私は「考えておくわ」とそう返した。
もし、空から降りて、あのヒトの家の窓を叩いたらどんな反応をするだろう、と考えると実際にやってみるのも悪くない、とそう思うようになってきた。
姿が見えて問題になると困るから時間は深夜にして。
それでも起きて、空を見ているヒトはいるに違いない。
何か策がいるだろう。

翌日に会ってもあのヒトはその話題をしなかった。
おそらくは冗談だったのだろう。
そう考えているうちに本当にやってみよう、という気持ちが強くなってきた。
飛んでいる間は軽く光を誤魔化すことにしよう。
そうしたら、騒がれる心配はなくなる。

その次の晩はちょうど満月だった。
天気はよいけど、このあたりの桜はほとんど散ってしまった。
時折、気流に乗った花びらが横を流れていく。
住宅街は静かで皆眠っているようだった。
ところどころ明かりがついているのは、夜更かしが好きなヒトか昼夜のリズムが違うヒトがいることの証。
あのヒトもきっと、遅くまで起きている。
私の考えていたようにあのヒトの部屋のあかりはついていた。
ゆっくりと近づいて、屋根に降りる。
瓦と屋根を痛めないよう注意を払いながら、そっと歩き、窓を叩いた。
あのヒトはカーテンを開けると、私がいることに驚き、口をパクパクさせていた。
たっぷり数秒間、驚いたあとに窓をあけて、どうして、と尋ねてきた。
だから、私は笑みを添えて「面白そうだと思ったから」と告げた。