『何処かの朝の光景』

「見張り交代だ」

「わかった。それじゃ、30分後にね」

「あいよ。お疲れさん」

「ありがと、頑張ってね」

アリウムの剣と交代の銃剣士の銃が澄んだ金属音を響かせる。そのまま、アリウムはテントの中に戻る。簡易ベッドの上に攻城戦で負傷した者が並んでいる。ベッドが足りず、地面に寝かされている者もいた。

と言っても、実際の戦争と違って負傷しているのはキャラクターであって、生身の人間ではない。一部では雑談に花が咲いていた。キャラクターは負傷で苦しんでいる動きを取っているのに声の調子は普段と変わらない、とある種異様な光景が広がっている。

「っと、これから朝ご飯を作ろうと思います」

そんな場所でもさらに浮いた言葉が広がった。戦況の報告に耳を傾けていたアリウムも、その声の方を見てしまった。基本的に食事の話は御法度とされる戦場において、朝ご飯の調理実況をする者がいるとは、と。

「献立はご飯とお味噌汁、それに焼き魚と漬け物です。原点にして頂点と言えるもので……」

「俺、これから前線復帰なんだが」

「安心しろ、俺もお前のあとすぐ追う」

「食費の確保に失敗した俺に対する当てつけなのだろうか?」

あちこちからさりげなく怨嗟の声があがる。と言うか、空気が妙に殺気立っているのが感じられる。

「……お腹減るのはわかるけど、殺気立つのはどうなんだろ?」

と疑問を口にしたところで、アリウムのお腹が鳴った。ボクも人のことあまり言えないかも、と思いながら別のことを考えようと努力する。

「お魚を焼いている間にお味噌汁の方も進めていきます」

この実況に生半可な集中力で立ち向かうのは無理そうだ。文字通り、腹をくくってアリウムはその場に腰を下ろした時だった。実況に変化が起こったのは……。

「にゃっ」

今までの冷静な声と打って変わった驚きの声、よりにもよって猫語だ。

「ダシ取るの忘れてたぁ」

おそらく、これがプレイヤーの素なのだろう。空気がまた、変わり始めた。今度は殺気立ったものから和やかなものへの変化だ。状況が変わったのは野戦病院だけでなく、実況しているプレイヤーの身にも起こっているようだった。一度、ミスをすると連鎖するようであわただしくなっている。

ボイスチャット、切れば良いのになぁ、と思ったところで交代を知らせるアラームが鳴った。交代に向かいながらこの戦争が終わったら、朝食の準備をしようとアリウムは心に決めるのであった。