『ヘゲルの災難(1)』

ヘゲルは目の前に現れたそれに対し、どうでたものかと悩んでいた。
街を行き来するゲートへの最短経路を選んだのも、さっさとクエストの終了手続きを済ませたかったからだ。
それが裏目になるとは考えていなかった。
「本当にMobとして実装されてるとはなぁ……」
少し前に派手な痴話喧嘩があって、その時に港の一画を破壊した女がいた。
その事件からしばらくして、運営が敵として実装したという噂が流れはじめた。
ヘゲルも何度か耳にしたが嘘だとしか思っていなかった。
事実はどうやら、ネタの方を重視したようだった。
赤いドレスの女はヘゲルの方を思い詰めたような目で見つめている。
「俺、なんかやったか?」
キャラクターの口と一緒にヘゲルはリアルでも呟く。
こりゃあ、帰ると言っても通じねぇだろ、と彼は白い髪の頭をかいた。
「……死ね」
小さいがはっきりとそれの殺気立った声が聞こえた。
来るのは刀の横薙ぎだ。
ヘゲルは地面を蹴って真上に飛ぶ。
刃渡り15cmほどの剣を右と左の手に持って、それに向けて投擲する。
「いきなりそりゃねぇよ。何処から取り出したんだ、その刀は」
彼が言い終わる前にそれは両の手に大型拳銃を握り、連続射撃した。
銃弾はシールドに阻まれて届かないが、シールドゲージは目に見える速度で減っている。
ヘゲルは銃弾を受け流しながら、後ろに下がって着地。
「だからよ、もう少し常識をだな」
Mobにそんなことをいってもしょうがあるまい。
「しかし、ソロだときっついねぇ」
元々は恋愛がらみのトラブル、さらにそれを仕留めたのが恋人同士のタッグだ。
それを思い出してヘゲルはぼやいた。

「ま、マジぱねえっす!」
ヘゲルは軽いノリで相手の横薙ぎを後ろにステップして回避する。
防具の光学迷彩は効果がなく、着ているだけ邪魔になっていた。
子どもが布を被ってお化けの仮装をしたものと全く同じそれは、動けば空気を掴んで抵抗になる。
いっそう脱げば身軽になるが防御力は下がるし、
「裸はさすがになぁ」
ゲームいえど、さすがに裸は抵抗がある。
相手は剣で突いてきた。
「突っ込みが激しいなぁ、おい」
右に身体をひねるようにして長い刃をよける。
近距離、中距離は剣による攻撃、遠距離は多種多様な火器類で攻撃してくる。
どの距離でも武器を使い分けてくるため、苦手な距離とやらは存在しないらしい。
ならば、武器を持ち替える隙はどうだ、と狙ってみたがほとんどなかった。
剣を構え直すと思ったら、次の瞬間には2丁拳銃と言った状態だ。
「で、なんでお前さんは自動人形なのかと」
キャラクターの疲労が強くなっている。
負担が少ないように動いていると言っても限度がある。
それに対して相手は持久力のある自動人形だ。
時間が経てば経つほどヘゲルが不利になる。
「援護はこねぇしなぁ」
コンテナの陰に隠れてぼやく彼の二つ横のコンテナが中身をぶちまけた。
「……俺、これを切り抜けたら結婚するんだ」
フラグを立てつつ、ヘゲルは愛用の小剣を両の手に持って走り出した。

手に握っている小剣は先から出番がほとんど無い。
一度、距離をとったのがまずかったらしい。
相手は弾幕を展開し、こちらを近づかせないつもりのようだ。
少しでも疲れた様子を見せれば、ゆっくりとした足取りで近づいてくる。
それも剣と言うには巨大な凶器を持って、だ。
得物以外の服装やしぐさが妙に上品なのでちぐはぐな印象があった。
シールドゲージを確認するとフルになっていた。
逃げ回った甲斐があると言うものだ。
あれの弾幕に果たして何秒持つかはわからないが、この状態ではありがたい。
援軍は来ないし、良い案も浮かばないとなればやることは決まっている。
「ま、いっちょ行きますか」
誰とも無く呟いて彼は逃げるのを止めた。
一緒に銃撃も止まった。
銃声の代わりに歩く音が聞こえる。
舗装された区画なのでよく響く。
音の方向に向いてヘゲルは小剣を構える。
相手をじわじわと殺すのが好みらしいのようだから、こうすれば近接武器で挑んでくるに違いない。
彼の読みどおり、姿を見せた相手は剣を手に持っている。
それも悪趣味だ。
このまま、近接戦にいける、と彼が考えた瞬間だ。
相手の姿が消えた。
右手のコンテナから大きな金属音が聞こえて、彼はそのほうを向いた。
正面から紅いドレスのそれが剣を真っ直ぐに構えて突っ込んでくる。
ヘゲルのシールドに直撃する。
このまま、耐えられば、と思ったがガラスの砕けるような音が響いて、防壁が消失した。
剣がこちらのキャラクターを貫くまで1秒もかからない。
ああ、こいつは相手が凹むのを見るのが好きなんだな、とヘゲルは負けを意識しながら思った。
つくづく嫌な奴だ。
彼は横から冷気を含んだ風を感じた。
正面から快音が響く。
剣に氷の弾が命中した音だと彼は理解した。
バランスを崩した相手は通常のキャラクターには真似できない大きなバックステップ。
剣を構えなおしつつ、それは魔術が離れた方向をにらんだ。
「随分と苦戦していたようね」
「もうすぐ終わるところだったぜ」
「あなたの負けで、だけどね」
「心配するか罵倒するかどっちかにしねぇか?」
あきれた調子でヘゲル。
「嫌よ」
微笑みながら少女は言った。
紅いドレスのそれを見て、
「それにしても亡霊とは悪趣味ね。ところでヘゲル、まだ、戦えるかしら?」
「なんとかな」
「そう。私だけだったら危ないけれど、二人なら勝てるわ」
励まされてるなぁ、とヘゲルのプレイヤーは頭を掻いた。