DAYS

水着姿を見てみたい、とぽろっと言ってしまった。
場所は喫茶店、相手は白い髪の少女。
いろんな面を知りたいという欲と別の欲が混じった結果、過程はそれなりに複雑、なはず。
しかし、これはまずい発言であることに違いはない。
やってしまった、と思いながら顔をあげる。
カシスは頬杖をつきながら、アイスティーをストローでゆっくりとかき混ぜていた。
気まずい沈黙がおとず
「いいわよ」
れなかった。
いつものきついノリで詰られるのだと思っていた。
「海にはまだはやいわね。温水プールに行きましょう」
最初からそう言えば良かったのだよ、僕。
"互いに空いている日を見つけてからは話がとんとんと進んだ。
二人でプールに行くのは初めてで良いものだと思う。
問題は僕が金槌だということだ。
それを伝えても彼女は泳げるようになればいいでしょ、と微笑みながら言ったのだった
ここで泳げるようになれば、行ける場所も増えるのだけど。
実は金槌を克服しようと、学校の水泳の授業は積極的に参加したのだ。
しかし、駄目でやや諦めモードだったりする。
盛り下がるのでこの話はしていない。
金槌たということがわかってもらえればそれで十分だ。

彼は泳げないという。
なら、教えればいいし、ダメならダメで泳げないなりの楽しみ方がある。
「泳げないのに水着姿が見たいっていうのはどうなのかしら」
手に取った水着を戻しながら私。
「下心ですぎじゃないかな」
と横にいる友人の瞬子は言う。
「素直でよい、ということにしましょ」
「それは、甘いと思う」
「あら、意外と手厳しい」
「わたしはカシスちゃんが恋人に手厳しくないのが意外」
「言うときは言っているわよ」
「なら、いいけど」
「焼きもちかしら?」
カシスちゃんのようなお嫁さんが欲しい」
さらりと瞬子は言った。
「わたしはいつでも歓迎だから」
本気とも冗談ともとれる口調で瞬子は言う。
「その時は考えさせてもらうわ」
と私も本気とも冗談ともとれる口調で返した。

その日、僕たちはプールに一番近い駅で合流した。
プールまでは歩いて10分程度だ。
スマートフォンでルートを表示させながら、知らない道を歩く。
一人なら来ない道だ、などと考えている間にプールについてしまった。
消毒槽を抜けたところで待ち合わせようといって、更衣室に向かう。
着替えながら思うんだけど、僕の身体白すぎ。
この胴体の部分の驚きの白さ!
彼女の肌の白さは陶磁器のような美しいものだけど、僕のは不健康な白さだ。
謎の敗北感を味わいながらプールに向かう。
せめて、泳げるようになりたいぞ。
プールでしばらく待つか、と思っていたら、彼女のほうが先についていた。
着替えるのがはやい。
シャワーを浴び、消毒槽に身体をつけながら、どう感想を言おうか考えていた。
自分から見てみたいといったのだから、それ相応の感想を言いたかったのだ。
「どう?」
「きれいだ」
負けた。
白い肌は室内の照明でも輝いていた。
普段、肌を露出をしていない分、刺激がとても強い。
水着は黒のビキニで、普段は腰まで届きそうな髪は肩の高さまで短くなっていた。
長さ変えられるそうだから、それはいいとして、水着が黒のビキニというのは非常に強烈だ。
あまり、見すぎるのもよくない、と目をそらすと、いきましょ、と彼女はなんの躊躇いもなく僕の手を握って歩き出す。
ここの室内プールは中央に25mプール、その周りを蛇行するように流れるプールが設けられている。
流れるプールには浮き輪に乗って流れを楽しんでいる人たちがいる。
いま、僕らが向かっている25mプールはどちらかというと泳ぎに来ている人たちが多い。
水泳帽をきっちりかぶり、ゴーグルをつけ、水着も抵抗が少なそうなものだ。
「あそこで練習するのは酷では、というか、邪魔では?」
「レーンがわかれているから大丈夫よ」
橋を渡って近くに行ってみれば、確かにレーンがわかれている。
手前のレーンでは数人が列を作って、クロールで泳いでいる。
ああは泳げるようにはなれないだろうな。
「水が怖いわけではないのでしょう?」
「別に怖くないな。君もいるし」
「ふふ、恥ずかしいこと言うとスパルタでいくわよ」
照れ隠しならもっと、かわいいのがあるのでは、と思ったけど言わない。
素直に言っていいことと悪いことがあるのだ、世の中には。
「準備運動しましょうか」
「そうだね」
学校で習った通りの準備運動を一通り終えると、いよいよプールに入る。
温水プールなので冷たくはない。
熱いわけでもないのでちょうどいい。
熱かったら銭湯になってしまうし、運動するには向いていないだろう。
「まずは身体を浮かせる練習をしましょう」
「まず、浮かないんだ」
「力を入れているからよ。縁を両手でつかんで」
言われたとおりに縁を掴む。
「それで体をまっすぐ水平にするの」
腕に力を入れながら、プールの底を蹴って体を浮かせようとするが、すぐに足が底についてしまう。
そもそも、浮くってどういうことだ。
「体、支えるから。もう一度」
その言葉に従って同じようにやると、今度はうまくいった。
僕の腹を彼女の手が支えているからだ。
真っすぐ伸ばしている左腕に左耳をつけて、顔をあげる。
「浮くってこういう――」
感想が止まってしまった。
ちょうど、彼女の胸が目の前にあった。
感想を最後まで言えていたら、誤魔化すこともできた。
しかし、これは、ばれているだろう。
「そう。まずは感覚を掴んで」
気づかないふりをされている、らしい。
落ち着いて、わかった、と返した。
そんな調子で練習を1時間ほど繰り返した。
浮く感覚を掴めた。
ついでに精神集中能力がだいぶ、あがったぞ。
「今日の練習はここまでにしましょう」
「だいぶ、感覚掴めたよ」
「それは良かったわ。では、遊びましょ」
「遊ぶ?」
「ウォータースライダーも流れるプールも楽しまないで帰るの?」
確かにもったいない。
「浮き輪も借りれるようね」
「意外と子供っぽいところあるなぁ」
「あなたを乗せて回すのよ」
「げぇっ」