DAYS

黒恵はコーヒーを飲んで一息をついた。
水出しのアイスコーヒーは味も濃く、香りも豊かだ。
歩き疲れてぼんやりとした身体の感覚が研ぎ澄まされていくようだ。
「随分と歩いたわね」
横にいた白髪の少女がいった。
名前はカシスという。
髪は腰まで届くほどもあり、肌も透き通るように白かった。
しかし、赤い瞳には知性の輝きとでも言うべきものが宿っていた。
向かいに座る金髪眼の少女はその言葉に頷いて、テーブルに突っ伏した。
名前はシアーという。
身体の線が細く、淡い印象を持ったが、話してみると第一印象は塗り替えられた。
良い意味でギャップのある子だと黒恵は思った。
「うん、かなり歩いたー」
疲れてはいるのだろうが、声と表情からは楽しかったという感情が溢れていた。
黒恵も同じ感情を自分も覚えていることに気づきながら、
「駅で待ち合わせをして、橋を渡って、参道を登り、参拝」
というと、隣にいたカシスが続ける。
「お昼にしらす丼を食べて、そのあとは磯を歩いて……洞窟にも行ったわね」
「それから、階段を上って今度は植物園にいって、展望台も登って」
「いい風景が見れた。一望できるとはあのことだ」
「あそこはお勧めの場所だよ。それとたこせんべい」
「焼きたてもおいしかったわね」
そういってカシスは傍らの紙袋に手をやった。
なんでも同居人のために買ったのだという。
「駆け足気味ではあったけど、いい日だった」
と黒恵が満足げに呟くと、
「夕食もどうかしら」
カシス
「いいね」
シアー
「そうだ。夕食がまだだった。どこに行くかも考えよう」
黒恵が乗り気の姿勢になると、カシスシアーは微笑んだ。
ずいぶんと仲が良いな、と黒恵は感じた。
二人とも初めてあった、と言っていたはずだが、何があるのだろうか、と考えて、オンラインゲームのプロフィールを思い出した。
「夕食とは関係ないけど、二人とも種族の欄に変わったものを入れてたよね」
「ええ」
「そうだよ」
ほぼ同時に二人から返事が来た。
「そういうのが流行っているのかな?」
黒恵は正直に人間と設定していたが、実はそういう使い方が間違いであった可能性もある。
「そうじゃないよ。だって、タコだもん」
「ええ、私もFSだもの」
「ええっと……こういうのは反応に困るな」
頬をかきながら黒恵が弱く言うと、二人は互いの顔を見てから、
「じゃあ、証拠、見る?」
シアー
「証拠?」
と黒恵はシアーの顔を見た。
テーブルの下からにゅっと何かが出てきて、黒恵は思わず身体をソファーの背もたれに押し付けた。
赤く、きょろきょろと周りを見回すように動くそれは、タコの触手だ。
「タコ娘だからタコって」
シアーはおかしなことはないよ、と言わんばかりに笑う。
横にいるカシスは特に気にすることなく、アイスココアを飲んでいる。
「驚かない、の?」
「驚いたわよ。少しだけ」
「……もしかして、カシスさん、も?」
FSであるのは嘘じゃないけど、どうしたら信じてもらえるかしら……」
しばらく悩んでからカシスは、
FSは身体の形を自由に変えられるのが特徴なの」
そう言ってカシスは立ち上がって、黒恵に背中を向けた。
何が起こるのだろうと身構えていると、カシスの背中から一対の羽があらわれた。
鳥とも虫とも違う形の銀色の羽だ。
「……二人ともトリックじゃないよね」
「うん」
「もちろん」
そして、黒恵はあることに気が付いた。
周囲のテーブルの人たちはこの様子を気にしていないのだ。
まさか、これが普通ということもないだろう、と黒恵は混乱しがちの頭で考える。
「結界が張ってあるから大丈夫」
シアーは胸をはって言った。
「なんか、とんでもないところに来た気がするよ」
「なかなか、面白い集まりだわ」
いつの間にか席に座ったカシスは静かにアイスココアを飲みながら言った。
3人の夜はまだ、これからだ。