Feathery Instrument

Fine Lagusaz

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夢が夢であると気づいた時、夢は終わる。 夢は脆いものだ。 そして現実すらも脆い。 その現実すらも夢だと知った時、現実から覚めた。 何も分からない現実に投げ出された時、僕は無力だった。

水月 other world

人工呼吸器の規則正しい音が白い部屋に響いている。 うっすらと目を開ける。 ぼけながら見えたのは無機質な天井だった。

僕は夢を見ている、妙に現実感のある夢を見ていると思いながら再びまぶたを綴じる。 目覚めればあの世界に戻れることを信じて・・・・。

優しい手が頬に触れる感触に目が覚めた。 はっとして上半身を起こすとその手は驚いたように離れた。 ここはどこなのだろう? そう思い頭を抱える、酷い鈍痛が頭を襲う。 先程の手が優しく背中から僕を包む・・・・後ろから抱かれているのか。 優しい匂いに僕はすべてを思い出した。 雪さんはメイドで僕の家にいて学校に行けば花梨がいて庄一がいる。 僕は・・・・ 「雪さ・・・・ん・・・・?」

ゆっくりと首を動かすと机とベッドがあり僕は床に座り後ろから雪さんが僕を優しく抱いていた。 ・・・・。 「あっ」 慌てて雪さんから離れる、その時の雪さんの顔は少し悲しそうだった。 そう、僕がいるのはこの世界、そしてこれが現実なんだ。 静かにつぶやき自分に言い聞かせると不思議な安心感が心に広がる。

目を開いたらまたあの無機質な世界が広がっていたらと思っていたけど無用の心配だったらしい。 ・ ・ ・ ・ 「という夢を見たんだ」 少し考えるような顔をして庄一が言う。 「透矢、少し疲れているんじゃないのか?」 顔はいつもとかわらないが声は少し心配そうだ。 「かもしれない」 「あんだけの事故だからそういう夢を見てもおかしくないさ」 「そうだよね」 「相談だったらいつでものるぜ」 「ありがとう」 ちょうどチャイムが鳴り自分の席に着いた。

授業の内容にもなんとか追いつけるようになってきたがそれは和泉ちゃんのおかげだ。 いつもみんなに助けてもらってばっかりで戸惑っているだけの僕。 それでも大丈夫なのはみんながいるから。 僕はここにいたいんだ。 ・ ・ ・ ・ 何とかのことで家にたどり着く。

毎日のように練習場に通い弓を引こうとするけど引いて放つという動作が最後まで続かない。 夢では躊躇せずに引けたはずなのに現実には引けない自分が情けない。 がらっと引き戸を開けると雪さんが出迎えてくれた。 この時の安心感恐らく忘れられないだろう。 「おかえりなさい、透矢さん」 「ただいま」

雪さんの手作り料理を食べゆっくりした後に風呂に入ると急激な眠気に襲われる。 眠りたくない・・・・闇の底に沈みたくない。 僕の意識は深い闇の底へ沈んでいった。 せめて目覚めたらみんながいる世界で、と願いながら。 ・ ・ ・ ・ ずっといたいという願いも空しく目覚めたのは無機質な病室だった。 何度、寝てもあの世界に目覚めることはなかった。 うつろな瞳に映る世界に価値はない、すべてがモノクロに見えてしまう。

肉体面では全快したが精神的な病(と医者は判断)に回復する兆しが見られないため僕は精神科へ移動することになった。 僕がいたあの世界は夢なのだろうか。 頭のなかにはそれしかなかった。

度重なる検査も治療もスケジュールが決まっていて時間どおりに動く看護婦の姿を見るぐらいしか過ごし方はなかった。 外を見ると雪が降っている。

しかしその寒さは特別なガラスと暖房と加湿器のせいで感じることはできない。 雪・・・・そう、雪さんと同じ名前だ。

思い出すだけ悲しい気持ちになり布団を深く被るのだが目覚めれば病院の天井が見えるという絶望の繰り返しだった。 崩れてしまったら戻すことはできない。 僕はどうしたいのだろう・・・・? 気が付くとかすかに雪の積もる病院の屋上だった。 冷たい風に肌を切り裂かれるようで思わず身震いする。 が、もう冷たく感じなくなっていた。 感覚が狂い始めているのかこれが夢だから感じないのか。 虚ろな瞳に見えたのは何とか乗り越えられそうなフェンスと分厚い雲だ。 ふらつく身体でフェンスをよじ登りその向こうに僕は立っていた。 地上五階建て、この高さから落ちれば死ぬだろう。 見下ろすと暗黒の世界が広がっている、街灯もなく地面は見えない。 こんな世界になんら未練はない。 楽になれるなら・・・・ 目覚められるなら

身体をゆっくりと前に屈め重力に体を任せると落ちて行く雪を追い抜き速度を上げて行く。

頭がい骨がアスファルトに叩きつけられる鈍い音が最後に聞こえ意識が途絶えた。 ・ ・ ・ ・ ・・・・・。 体を優しく揺らされ声をかけてくる。 とぎれとぎれに聞こえてくる声に聞き覚えがあった。 「透矢さん、どうしたんですか。すごい汗ですよ」 「いや、また変な夢を・・・・」 「大丈夫ですよ・・・・」 気が付くと雪さんに寄りかかり涙を流していた。 僕は帰ってきたんだ・・・・。

「なんとか容体は安定したか」 モニターを見ながら医師がつぶやく。 10時間以上の手術でなんとか身体は助かったが意識は戻らないだろう。

結婚していて奥さんは毎日のように来ていたし仲の良さそうな友人もいたが精神状態が安定しないため面会謝絶だった。 せめて奥さんの那波という人だけは会わせれば良かったかもしれない。 医師の重いため息が部屋に広がり消えた。

コメント

書いていてだるくなるようなSSでした。 いや、前々から考えていたネタではありますがちょっと失敗作です。 もう少し幸せそうな終わり方の方が良かったかも知れないです。

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