Feathery Instrument

Fine Lagusaz

3話 休みの過ごし方

「今日は休みなんですね」
髭をそっていると後ろから声をかけられた。
「カレンダー見とけ」
机の上のカレンダーには勤務予定が書き込んである。
「いいって言われてないのに見るのはちょっと」
「いいと言ってないのに人んち押し入った癖によく言う」
妙なところでこの死神は思慮深い。
「ご飯作ったので許してください」
確かにいい匂いがする。
目玉焼きと味噌汁か。
「胃袋掴めば勝てるとでも思ったか」
「食事は大事ですよ、生活の質を高めるために」
それは一理あるな、と頷く。
インスタント食品やコンビニ弁当が続くと生活の質が落ちる。
割り切ってはいるつもりだが落ちていることに変わりはない。
テーブルの上の料理を見ると改めて思う。
誰かの作った料理を食べるのは数年ぶりだ。
「食べないと冷めちゃいますよ」
「毒なんて入れてないだろうな」
「そんなことするぐらいなら、この場で刈り取ってますよ」
ニコニコしながら物騒なことを言う。
生きている相手から魂を刈り取れるのは先ほど証明されている。
嘘ではないのだろう。

食後のお茶を飲んでいると、
「休みの日は何をして過ごすんですか?」
ここのところはどうやってきたか思い出し、
「溜まった洗濯物片付けたりだな」
死神は大きく首を横に振った。
「そうじゃなくて、趣味とか遊びですよ」
「ゾンビ撃ち殺すゲーム」
最近は御無沙汰だ。
プレイするという発想がそもそもなかった。
こうやって思い出せたのは奇跡的だった。
「あ、想像するだけでもめまいが」
「暴力は苦手か」
「魂の回収のことをつい考えてしまうので」
「職業病か!」
「だって、ゾンビになって大暴れするんですよ。回収する量は多いのにポイント少ないなんて仕事損じゃないですかぁっ」
大袈裟にツッコミをいれたら大袈裟に返しがきた。
「命の重さは地球より重いというではないか」
「命なんて重くないです!」
「お、おう」
きっぱりと言われると返す言葉がない。
「すみません……つい」
俺が引いていると死神も感じたらしい。
しゅんとした表情で謝ってきた。
「仕事はな、しょうがないな」
「我慢します」
「人いるのに一人でゲームもするのもな」
「人じゃないですけど」
別にそれはどうでもよいのだ。
こうやって話をしているのだから人と同じように接するのが筋だろう。
確かにたまに常識と離れたことを言うが死神ならそれも仕方ない。
「細けぇこたぁいいんだよ。買い物いくぞ、生活物資を確保だ。他人に見えないとかないよな?」
「普通に見えますよ」
「よし」
「何が良しなんですか?」
「独り言になってたら嫌じゃねぇか」
物語によっては自分以外に見えなくて、独り言になっていることもある。
こうなってくるとフィクション・ノンフィクション関係なく参考にして、可能性を考慮せねばなるまい。
「そこは配慮してますから大丈夫です」
「何がどう配慮されているのかよくわからないんだが?」
「今度、資料を持ってきます」
「試用期間とか言う前に資料欲しかったなー」
財布を尻ポケットにねじ込んで家を出る。
外を歩いていると不意に死神が問うてきた。
「私達、どう見えるんでしょうね」
「よくて親子じゃないか。兄弟はないだろ」
年が大きく離れた兄弟は知り合いにいたが、それでも10年ぐらいだ。
この死神とは15は離れているだろう、と俺は思った。
それも見た目と実年齢が一致していれば、だが。
「夫婦とかは」
「却下だ、却下」
「ほら、夫婦だと寿命が伸びるといいますし」
「そういうのはな、試用期間終わってから言ってくれ」
「じゃあ、今日いれて6日間ですね」
「契約するの確定かよ」
などとやりとりをしている間にスーパーに着いてしまった。
まずは切れかかっているカップ麺の補充だ。
「何でカップ麺を箱買しようとするんですか」
「非常食だよ、非・常・食」
「スタッカートつけなくても。それにカップ麺で済ませるのは」
「何も食わないよりは健康的だろう」
死神は声のトーンを落として、真っ直ぐ俺の目を見た。
「お仕事、忙しいんですか?」
目をそらしたくなるが負けた気がする。
目を見返して答える。
「まれに」
「まれに?」
「月に何度か」
「何度か?」
「そのうちわかる」
仕事の量をコントロールしてくれてもお客様は待ってくれない。
まして今の仕事ではどうにとならなかった。
「他に何を買うんですか?」
「肉食いたいな、肉」
「あのお肉はおいしそうですよ」
「ちょっと高いな」
「なら、こっちは」
「それだったらこっちだな」
「もっと高いですよ」
「さっきのお返しだ」
さっきの、とは食事のことだ。
本当は歓迎のつもりなのだが、本人に言うとうるさくなりそうなので伏せておく。
「でも、材料は」
「こまけぇこたぁいいんだよ」
いちいち律儀な死神である。
「肉、味付けはどうする?」
「おすすめで」
「ブルーベリーソースかな」
真顔で告げた言葉に死神はたっぷり一秒の間を開けて、
「味覚、壊滅してますね」
そう俺の味覚に誰もついてこれなかったのだ、という感を込めて、
「おかげで独身貴族だ」
「冗談ですよね」
やや眉尻を下げた表情で死神は言った。
わかりにくい冗談はよくない。
「当たり前だ。大根おろしと味ぽんだがおすすめだな」
ほっとした表情を浮かべて、
「それをお願いします」
「あいよ」
今度は笑顔だ。
一緒にいると楽しくなれるような、良い表情だ。

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